温かい膝の上に猫が丸まり、一緒にテレビを見る。58歳の典子は、そんな夜を想像していました。猫を迎えるために必要だったのは、可愛いベッドだけではありません。そして、ようやく来た猫も、典子の想像どおりには動きませんでした。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。
STORY|同居人には、同居人の都合があった
典子は、猫のベッドを先に買った。
窓辺に置くと、部屋の雰囲気によく合った。まだ猫はいない。けれど、帰宅してそれを見るだけで、少し嬉しかった。
一人暮らしになってから、夕食のあとが長い。寂しいと人に言うほどではないが、テレビをつけたまま、同じ番組を何となく見続ける日があった。
飼える住まいであることは確認した。費用も、毎月の食事と猫砂くらいなら払える。仕事の帰りは遅くない。典子は、自分は飼い主として悪くない条件だと思っていた。
譲渡を相談した団体で、3歳の猫に会った。スタッフが近くに座ると、猫は椅子の下から出てきた。典子も手を伸ばしたが、猫は一歩下がった。
「慣れるまで、少し距離を置ける子ですか」
そう聞くと、スタッフは「猫の方が距離を決めることもあります」と答えた。典子は、迎えたら変わるだろうと思った。
続けて聞かれたのは、留守のときや、自分が世話できなくなったときのことだった。
「娘が近くに住んでいるので」
「お嬢さんとは、どんなことをお願いするか話されていますか」
典子は言葉に詰まった。娘の千夏には、猫を飼いたいと話した。「いいね」と返ってきた。だから、何かあれば来てくれると思っていた。
その夜、千夏に電話すると、「来週の出張の間とか?」と聞かれた。
「出張じゃなくて、私が入院したらとか」
「何日くらい?」
「それは、なってみないと」
千夏は少し黙った。典子は、娘が猫好きなのを知っている。自宅でも猫を飼っている。そこまで難しく考えることだろうか。
「お母さんが入院したら、お母さんのこともあるんだよ。毎日、両方の家を回れるかは分からない」
典子は「じゃあ、頼めないってこと?」と言ってしまった。千夏が息を吐いた。
「頼むことを、一緒に考えたいってこと」
電話を切ったあと、窓辺のベッドを見た。そこには、自分と猫しかいない。自分が帰らなかった日の部屋を、初めて想像した。
次に団体へ行ったとき、典子は譲渡の希望だけでなく、備えについて相談した。動物病院の場所と受診の費用、脱走を防ぐ住まいの準備、仕事で帰れない日の世話。調べていなかったことが、次々に出てきた。
短い留守の世話は、近くのペットシッターに、対応できる日時と料金を尋ねた。必ずすぐ来られるわけではない。緊急時の連絡先も、別に必要だった。
千夏とは、まず入院直後の世話をどう引き継ぐか話した。典子が長く飼えなくなった場合は、千夏が迎えることも含めて相談し、先住の猫との相性や住まいの準備は団体にも確認することになった。簡単に「任せて」とはならなかったが、「何かあったら」より、ずっと具体的だった。
費用を娘任せにしないよう、預ける場合と治療のためのお金も見直した。連絡先と食事の情報をまとめ、状況が変わったら計画も見直すと決めた。
準備と面談を重ね、団体と相談したうえで、猫が来る日が決まった。
当日、典子は新しいベッドを窓辺から少し離した。直射日光が強くなりすぎない場所にして、部屋の扉と窓を確かめた。
キャリーから出た猫は、ベッドを素通りした。
椅子の下に入り、典子を見た。典子が床に座ると、さらに奥へ下がった。
「そこ、寒くない?」
返事はない。典子は、自分の膝を軽くたたきかけ、手を止めた。スタッフの言葉を思い出した。猫の方が、距離を決める。
夕食は、いつもより気が散った。小さな物音がするたびに、典子は椅子の下を見た。テレビの内容はほとんど入ってこなかった。
夜、猫が出てきた。水を飲み、部屋を歩き、典子の足元を通った。典子は動かずに待った。膝の上に来るかもしれない。
猫は、隣の椅子に跳び乗った。
典子がいつも、洗濯物を一時的に置いていた椅子だった。猫は何もない座面を確かめ、丸くなった。
千夏に「来たよ」と連絡すると、「ベッド使った?」と聞かれた。
「使わない。私の隣の椅子」
「いい席、見つけたね」
典子は「私の席ではないけどね」と返し、猫を見た。目を閉じている。
想像していた夜とは違った。膝は空いたままだし、ベッドも空いている。けれど、洗濯物を椅子に置く習慣は、今日で終わりそうだった。
典子は猫を抱き上げず、テレビの音を少し下げた。新しい同居人は、さっそく一つ、家の決まりを変えていた。
この話、実際なら?|「飼いたい」の先に、世話を続ける準備を
1.一人暮らしの可否より、具体的な暮らしを確認する
環境省の飼い主・これから飼う人向け案内は、動物を飼うことを、その一生に責任を持つこととしています。住まいの契約や管理規約、留守時間、日々の世話、通院、食事・消耗品・治療等の費用を確認しましょう。
譲渡条件は団体や施設によって異なります。年齢や一人暮らしだけで全国共通の可否が決まるものと考えず、個々の条件を確認し、自分の飼育環境と備えを具体的に伝えてください。
2.短い留守と、長く飼えなくなった場合を分ける
家族の「いいね」は、世話を引き受ける約束とは限りません。誰が、いつ、どこで、何をするか。急な不在の連絡方法、家への入室、食事・受診の情報、費用負担まで話します。短期の世話と、長期の預かり・引受けは別に考え、相手の住まいや先住動物の事情も確認しましょう。
シッターや預かり先も、空き、利用条件、緊急時の対応を確かめます。連絡の備え自体は、56歳、一人暮らしで決めた連絡の約束のSTORYも参考になります。本人の安否と、残された動物の世話を、両方つなぐ準備が必要です。
3.猫の習性に合わせ、迎えたあとも相談する
環境省の動物愛護管理法の概要では、動物の習性に応じて健康と安全を確保する飼い主の責任が示されています。近づく、抱くことを急がず、安全に過ごせる環境を整え、飼い方は譲渡元や獣医師へ相談しましょう。食事を取らないなど体調の心配を、単に「慣れていないだけ」で片づけないことも大切です。
次の一歩|自分が一晩帰れない日の世話を書いてみる
迎える前に、「今日、自分が帰れなかったら」を考え、連絡先と世話の手順を1枚にまとめる。その人が実際に対応できるか確認し、長期の備えも相談する。可愛い物をそろえることと、命を預かる準備を、一緒に進めてください。
※公的資料は2026年10月10日に確認。飼育・譲渡の条件、動物の健康は各施設・管理者・獣医師へ確認してください。