足りない物がないように、2人分をそろえた。47歳の晃は、防災リュックを玄関に置いて安心していました。ところが、妻が背負ってみた日、準備は終わっていなかったと分かります。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・住まい・出来事は架空です。
STORY|「俺が持つよ」の、その次
「重い。これ、私は無理」
紀子は肩からリュックを下ろし、玄関の床へ置いた。底が、どんと鳴った。
晃は、その音より先に「じゃあ、俺が持つよ」と言っていた。
47歳の晃は物流会社で働いている。46歳の紀子は駅前の眼鏡店に勤め、土日にも仕事がある。今日は珍しく休みが重なった。自治会の防災訓練の案内を見た晃が、行く前に荷物を確かめようと言い出したのだった。
半年前、2人用の防災セットを買った。水と食品、ライト、簡易トイレ、衛生用品。届いたあとも、足りなさそうな物を晃が買い足した。台所には備蓄の水や食品も置いた。
小さなラジオや予備の電池を選ぶのは、少し楽しかった。普段の買い物では値段を見て迷うのに、防災用なら「念のため」で決められる。紀子が「そんなに入る?」と聞いたときも、入れば大丈夫だと思っていた。
「自分の荷物もあるでしょう。2つ持つの?」
紀子に言われ、晃は自分のリュックを背負い、もう1つを手で持った。玄関から廊下を往復しただけで、手の持ち替えが必要になった。
「非常時なら、何とかなるよ」
「あなたが家にいるならね」
晃は、リュックを下ろした。
2人が別々に仕事へ出る日もある。晃は会社から帰り、紀子と一緒に避難する場面を何となく思い浮かべていた。その間、紀子が家で待てるかどうかは考えていなかった。
紀子はファスナーを開けた。奥から出てきたのは、晃が追加した金属製の食器だった。
「これ、両方の袋に必要?」
「使える物は入れておいた方がいいと思って」
「入ってない物もあるよ。私の予備の眼鏡」
晃は返事に詰まった。紀子は普段から眼鏡を使う。壊れたら困ることを知っていたのに、防災セットの商品説明には載っていなかった。
「必要なら、入れてくれればよかったじゃないか」
言うと、紀子は金属の食器を床へ置いた。
「何が入ってるか、あなたしか分からなかったもの。開けるたび、順番が変わってたし」
晃は、買った人だけが責められるのかと思った。選ぶにも時間がかかった。何も用意しないままより、ずっといいはずだった。
「それなら、最初から一緒にやってよ」
「やろうと言ったら、もうそろってるって言ったよね」
どちらも、そこで話を止めた。
訓練の開始時刻が近づいていた。2人は中身を床に並べたまま、普段の鞄で出かけた。帰ったら続きをやろうと、玄関でだけ言葉を交わした。
戻ってから、晃は商品の一覧ではなく、紀子が困った物に印を付けた。家で使うための備蓄と、避難の際に持ち出す物が、リュックの中で混ざっていた。自分が多く運べるつもりで2人の荷物を分担していたことも、別々の日には役に立たない。
紀子は、予備の眼鏡をケースに入れて持ってきた。ライトを取り出そうとすると、どのポケットか分からず、晃を呼んだ。
「それも、自分で見つけられなきゃね」
晃が言うと、「だから今、聞いてるの」と返ってきた。
買い物なら次へ進めるのに、こういうやり取りでは足が止まる。
夕方、紀子は袋を詰め直し、もう一度背負った。前より軽くなったが、肩ひもの位置が合わない。晃が直そうと手を伸ばすと、「いったん自分でやる」と言われた。
棚の奥から、紀子が以前使っていたリュックを出した。そちらへ移して試すと、肩に収まりやすかった。買ったセットの袋が1つ、空になった。
晃は、まだ使えるのに、と言いかけた。中身を守る袋は、背負う人が使えなければ置いていくことになる。空の袋は自分が片づけた。
片づけの途中で、紀子が聞いた。
「別々にいるとき、電話が通じなかったらどうする?」
それは、買い足せば済む物ではなかった。今日はもう遅いから、平日の夜に連絡方法を確かめることにした。荷物の保管場所も、2人で決め直した。
次の日曜、晃は玄関で自分のリュックを背負った。紀子も隣で肩ひもを締めた。
「今日は、私のは持たなくていいよ」
晃は「分かった」と答え、玄関を開けた。空になった新品の袋は、棚の上に残った。
この話、実際なら?|防災リュックが重すぎるときに見直すこと
晃の準備には役立つ物もありました。ただ、そろえた品数だけでは、本人が使えるか、1人でも動けるかは分かりません。夫婦でも、必要な物と持ち運べる量は別々に確かめます。
1.家に置く備蓄と、持ち出す物を分ける
消防庁「非常持出品を準備する」は、備蓄品から避難生活に必要な物を選び、持ち出しやすい場所へ置くよう案内しています。家の備蓄をすべて袋へ入れるのではなく、地域の災害リスク、避難先、本人に必要な物を基に選びます。
同庁の備蓄の案内も、家族構成や住居・地域で必要な物が異なるとしています。軽くするために水や衛生用品などを一律に省くのではなく、持ち出し分と保管分を分け、足りない備えが残らないか確認しましょう。
2.使う本人が開け、背負ってみる
編集部からの提案は、安全な平常時に本人が中身を取り出し、無理なく持てるか試すことです。痛みやふらつきが出るまで歩く必要はありません。年齢や性別だけで重さを決めず、体調、袋の形、移動方法も含めて見直します。眼鏡、必要な薬など、自分に欠かせない物はセット商品の内容とは別に確認します。
相手が持ってくれる前提にせず、1人の日にも必要な物を使える配置に。重さを減らす作業だけでなく、ライトの使い方、電池、食品の期限、保管場所を2人とも分かる状態にしておきましょう。
3.「一緒にいる日」以外も話す
消防庁の家庭での防災会議は、時間帯や誰が在宅しているかなど、さまざまな場合を想定するよう勧めています。家族との連絡方法についても、災害用伝言サービスの使い方を知っておくよう案内しています。電話だけに頼らず、連絡の残し方を事前に確かめます。相手の帰宅を待つために必要な避難を遅らせないことも、話し合っておきましょう。
内閣府の説明では、危険から緊急に逃れる「指定緊急避難場所」は災害の種類ごとに指定され、一定期間過ごす「指定避難所」とは役割が異なります。近い施設へ行けばよいと決めず、自治体のハザードマップや最新の防災情報で、危険と避難先・経路を確認してください。災害時は荷物を整えるために避難を遅らせず、命を守る行動を優先します。
離れて暮らす家族とは、日常の連絡も別に相談できます。3日間、誰とも話していなかった。56歳の一人暮らしで決めた連絡の約束は、普段のやり取りと、返事がないときの対応を分けて考える別のSTORYです。
次の一歩|袋を買う前に、今ある袋を開ける
まずは使う本人と一緒に中身を確認し、「足りない物」「持ちにくい物」「家に置く物」を整理してみましょう。品数のチェックだけで終わらせず、1人でいる日にどう動くか、連絡方法も一つ決めるところまでを次の準備に。
※実用部分は2026年10月13日に消防庁・内閣府の一次情報を確認。必要な物品や避難行動は、地域・災害・本人の状況で異なります。