一人暮らしは気楽なのに、夕食を一人で食べに行くのは、少し気が引ける。50歳の佳乃は、前から気になっていた店へ入ったあとも、誰かを待っているふりをしていました。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・飲食店・料理・出来事は架空です。
STORY|待ち合わせの相手はいない
「お一人ですか」
店員に聞かれ、佳乃は「今は」と答えてしまった。
後から誰か来る予定はない。けれど、入口で一人だと確定されると、それだけで気後れした。店員が「お連れ様はいらっしゃいますか」と聞き直したので、結局「いいえ」と答えた。
50歳の佳乃は、衣料品店の売場で働いている。一人暮らしは8年目。昼休みに一人で定食を食べるのは平気だ。でも、夜に小さな店へ入り、時間をかけて食べるのは別のことのように感じていた。
いつもなら帰りに総菜を買う。今日は仕事が早く終わり、何度も前を通った洋食店の灯りが見えた。家には食事の用意がない。誰かを誘おうとして、日程を合わせるうちに、また行かずに終わる気がした。
カウンターへ案内された。隣の席は空いている。店の奥では、数人が小さな声で話していた。
佳乃はメニューを開き、気になっていた料理を探した。丸ごとの魚を焼く料理。その横に、「2名様から」とあった。
やっぱり誰かと来る店だった。佳乃は、メニューを閉じた。
「お決まりですか」
店員が来た。佳乃は「まだ、連絡が」と言いかけた。いない相手を、もう一度待つところだった。
「この魚は、一人では頼めませんか」
「こちらは2名様から承っています。量も多いので。こちらの焼き魚の皿でしたら、1人分です」
店員は別の欄を指した。佳乃の見ていなかった料理だった。
「あと、サラダも食べたいんですけど、どのくらいの量ですか」
聞くと、少なめにできる物と、できない物を説明してくれた。何でも一人用へ変えてもらえるわけではなかった。それでも、頼める皿はあった。
佳乃は焼き魚と、少なめのサラダ、炭酸水を頼んだ。金額を確かめると、今日使おうと思っていた範囲に収まった。
料理が来るまで、手をどこへ置けばいいのか分からなかった。スマートフォンを出して、誰かから返事が来ているような顔をした。画面には、自分が昼に確認した勤務表が出た。
用事はない。それでも、何もせず座っている姿を見せるのが落ち着かなかった。
サラダが来ると、佳乃は携帯をしまった。葉の間に温かい野菜が入っていた。冷たいサラダを想像していたので、少し驚いた。
一口食べて、誰かに「これ、温かい」と言いたくなった。話す相手がいないことは、やはり少し寂しかった。
店員に伝えようかと思ったが、ほかの席へ料理を運んでいた。無理に会話を作らなくてもいい。佳乃はもう一口、食べた。
焼き魚が来る頃、隣の席に一人の客が座った。佳乃は、同じ一人だと分かってほっとしたあと、そんな理由で人を見ていたことが少し可笑しかった。
客はメニューを開き、すぐに注文した。佳乃へ話しかけることはなかった。佳乃も、話しかけなかった。
魚は、思っていたより骨があった。上手に食べようとして、途中で形が崩れた。誰かと来ていても、たぶん同じことをしていた。
食べ終わると、もう一皿頼みたくなった。けれど、空腹だったときに決めた予算と、今のお腹の具合を思い出した。
追加はせず、次に食べたい物をメニューで確かめた。丸ごとの魚は、まだ気になる。一人で来られたからといって、全部を一人で楽しめることにはならなかった。
会計で店員が「ありがとうございました」と言った。佳乃は常連らしいひと言を返したくなったが、「ごちそうさまでした」とだけ言った。
帰り道、友人へ店の写真を送ろうとして、写真を撮っていないことに気づいた。料理も、自分も、どこにも写っていない。
鞄には、会計のレシートがあった。頼んだ2皿の名前を見て、佳乃は丸ごとの魚を食べたい友人が誰か、考え始めた。今日は、もう電話をしなかった。
この話、実際なら?|一人外食は、店と自分の条件を確かめるところから
以下は、物語を基にした編集部の提案です。「一人なら気楽なはず」「誰も気にしていないはず」と気持ちを決めつけず、入る前に確かめられる条件と、食べるときの負担を整理します。
1.人数だけでなく、注文できる物を見る
公式サイトや店の案内で、予約できる人数、コースの最低人数、単品の有無、営業時間を確認します。カウンター席があっても、すべての料理が1人分とは限りません。「1人で夕食を利用できますか」「この料理は何人分ですか」と、分からない点は店へ尋ねます。
取り分ける量の料理を頼まなくても、食べたい物を単品で選べる場合があります。少量への変更は店ごとの対応なので、当然のサービスとして求めないようにしましょう。
2.最初の1回を、大きな挑戦にしなくてもよい
近所の店、短い時間で食べられる食事、混雑しすぎない時間帯など、自分が入りやすい条件から選べます。予算は料理だけでなく、飲み物や、案内されている追加料金も含めて確認します。気後れが強ければ、その日はやめる選択もあります。
待つ時間に本を読むか、何もせず過ごすかは自分で決めてよいことです。ただし、席や時間、撮影については店の案内に従います。食事を楽しむために、店員やほかの客との会話まで成功させる必要はありません。
3.一人の楽しみと、人とのつながりを競わせない
一人で行って楽しかった部分と、誰かに話したかった部分は、同時に残ることがあります。次も一人で行く、別の機会に友人を誘う、家で食べる。今回の選択だけで、今後の過ごし方を固定しなくてもよいのです。
普段の連絡や、もしもの備えも気になる方には、3日間、誰とも話していなかった。56歳の一人暮らしで決めた連絡の約束という別のSTORYがあります。食事の楽しみと、安否確認の仕組みは別に考えています。
次の一歩|入りたい店を、一つだけ調べる
「一人でも注文できるか」「何を食べたいか」「いくらまで使うか」を一つずつ確かめてみましょう。行った証拠の写真を残さなくても、自分が食べた時間は残ります。
※実用部分は編集部による店選び・過ごし方の提案です。人数・予約・料金・注文の条件は、利用先の最新の案内を確認してください。