人間関係

友人のネットワークビジネスに入った。誘いたい人の名前が、書けなかった

貸会議室で3本の洗剤を見ながら、友人の販売の説明を聞く52歳の女性のイメージ

昔からの友人に「一緒にやろう」と言われると、商品や収入の話とは別に、心が動くことがあります。52歳の多恵が参加を決めた理由も、お金だけではありませんでした。

※このSTORYはオリジナルフィクションです。実在の人物・団体・出来事とは関係ありません。

STORY|私の席が、用意されていた

「洗剤の販売を始めたの。説明会、一緒に来ない?」

良子からの連絡を見て、私は予定を空けた。昔の職場で一緒だった友人。ここ数年は、年賀状と短いメッセージだけになっていた。

52歳の私は、衣料品店でパートをしている。店では若い人の相談を聞くことが多い。頼られるのは嫌ではないけれど、自分も何か新しいことを始めたいと、時々思っていた。

駅前の貸会議室へ行くと、良子が隣の椅子を引いてくれた。机には洗剤のボトルが3本並んでいた。

「多恵なら、説明が上手だと思うんだ」

その言葉を、製品の説明よりよく覚えている。

商品を買って販売員として登録し、自分が紹介した人も会員になれば、条件に応じて報酬を得られる仕組みだった。説明した人は、販売実績によって収入は違うと言っていた。私は、自分なら少しくらいできるかもしれないと考えた。

良子は、実際に使って気に入った掃除用品のことを熱心に話した。嘘をついているようには見えなかった。

参加者の1人が私のパートの仕事を聞き、「お客さんと話せる人は頼もしい」と言った。久しぶりに、自分を迎えてもらった気がした。

6万円と、10人の名前

概要の書面を渡され、会員になるための商品セット等に6万円かかることを確認した。安くはなかった。それでも、趣味にお金を使う人もいるし、自分だけが何もしないのも寂しかった。

私はその日、契約した。受け取った契約書面を鞄に入れた。良子が「一緒にやれるね」と言った。

数日後、商品が届いた。次に会ったとき、良子は「まず、話を聞いてくれそうな人を10人考えてみよう」と紙を出した。

学生時代の友人。前の職場の人。妹。名前は浮かんだ。けれど、ペンは動かなかった。

「売るっていうより、いいものを紹介する感じだよ」

良子は自分の経験を話した。断る人もいたけれど、喜んでくれた人もいるらしい。

私は、久しぶりに友人から誘われてうれしかった自分を思い出した。同じうれしさを、今度は誰かの返事をもらうために使うのだろうか。

でも、良子にだまされたと言うのも違った。販売の話だと、初めから聞いていた。収入の例を見て、先に6万円を取り戻せばいいとも考えた。

私は人の話を聞くのが得意なのではなく、その場の感じのよい返事が得意だったのかもしれない。

「相談してから」に戻れないと思った

帰宅して契約書面を開いた。クーリング・オフの説明があった。

良子へ「やめるか迷ってる」と送ると、「まだ始めたばかりだよ。無理に売らなくても、一度一緒に考えよう」と返ってきた。

その返事にも、良子なりの親切はあるのだと思った。だから、「やめる」と言い直すのがつらかった。

私は商品を持っている。良子は私が誘える人を考えてくれている。名前を1人も書かずにやめたら、最初から逃げたことになるように感じた。

契約書面と商品が届いた日を確かめ、消費生活センターへ相談した。話しているうちに、売上よりも、誘う相手との関係が気になっているとわかった。

私は、契約を続けないと決めた。事業者へ解除の通知を送り、送信の記録を保存した。商品の返し方も確認した。

良子には、別に伝えた。

「販売員はやめる。誰かを誘う仕事は、私はしない。商品が好きな良子を否定したいわけじゃないけど、契約は続けない」

返事は、「わかった」だった。

戻ったお金では、買い直せないもの

その後、事業者との返品と返金の手続きは終わった。6万円も戻った。

良子との連絡は減った。前のように、今度お茶でも、と簡単に言えなくなった。

良子も、何を話せばいいかわからないのかもしれない。私は、次の誘いが販売の話だったらどうしようと考えてしまう。

スマートフォンには、説明会で2人が並んで写った写真が残っていた。私は笑っていた。あの日、うれしかったことまで嘘にはできなかった。

「今度は、商品の話をしないでお茶したい」

送ってから、返事の画面を何度も開いた。夜になっても、約束は決まらなかった。

10人分の紙は、白いままだった。私は折りたたんで、古紙の袋へ入れた。

この話、実際なら?|友人の勧誘と、契約を分けて考える

多恵が友人を信頼していたことと、その販売の仕事を続けられることは別でした。相手との関係が大切でも、参加や購入を決める義務はありません。

1.「ネットワークビジネス」という名前より、仕組みを見る

人を紹介することで利益が得られると勧誘され、参加条件として商品購入や入会金等の金銭負担がある取引は、特定商取引法の連鎖販売取引に当たる可能性があります。名称だけで、合法・違法や安全性を判断せず、販売・紹介の条件と支払いを確認します。

事業者名、商品、最初と継続時の費用、報酬の条件、解約方法を持ち帰って読みます。「誰から誘われたか」に加え、自分が何をする契約かを見ることが必要です。

2.契約後は、友人の返事を待つだけにしない

連鎖販売取引では、店舗を持たない個人など、対象となる消費者は、法定の契約書面を受け取った日から数えて20日以内に、書面または電磁的記録でクーリング・オフできます。商品の引渡しが後なら、その日から数えます。書面の不備や妨害がある場合などは、期間が過ぎても可能なことがあります。

出典:消費者庁「連鎖販売取引」

友人に「やめたい」と話すことと、契約先へ解除の通知を出すことは別です。契約を特定できる情報を記載し、送った内容と送信・発送の記録を残してください。取引の種類や期限に迷うときは、消費生活センター等へ早めに相談します。

参考:国民生活センター「クーリング・オフ」

3.断る理由を、相手への評価にしなくてよい

「私は販売員にならない」「この商品は契約しない」と、自分の決定を短く伝える方法があります。「忙しいから」「お金がないから」だけだと、時間や資金の工夫を提案され、話が続くこともあります。

友人を説得して納得してもらうまで、契約や面談を続ける必要はありません。勧誘の話を続けないでほしいと伝える、会う場所や頻度を変える、連絡に間を置くことも選べます。関係が以前と同じに戻るかは、別の問題として残ることもあります。

次の一歩|話を聞く前に、何の集まりかを尋ねる

「販売や会員登録の話はある?」「参加すると何を買い、何をするの?」と確認してください。その場の親しさで返事を決めず、契約書類を読む時間を取ります。契約後に迷ったら、書面や商品の受領日を確認し、消費者ホットライン188等へ相談しましょう。

友人と付き合う中で、自分の希望を伝える場面は、「友人と会った帰り、いつも疲れていた。聞き役を休んでも、友達でいられる?」でも描いています。契約の問題とは異なる、会話と時間の負担を扱う物語です。

※制度・資料は2026年10月14日に確認。取引の種類や契約書面等で扱いが異なります。個別の解約方法は消費生活センター等へご確認ください。