自転車で転んだときの保険には入っている。では、自分が誰かにけがをさせたら。近所への短い買い物で、分かったつもりだった補償が気になり始めます。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・契約・出来事は架空です。
STORY|止まれたから、何もなかった
瑛里の自転車の前で、買い物袋が大きく揺れた。
スーパーからの帰り、住宅の間を抜ける道だった。見通しの悪い角に人影が見え、瑛里は慌ててブレーキをかけた。前輪が止まったすぐ先で、歩いていた男性も足を止めた。
「すみません」
男性は何も言わず、瑛里が通り過ぎるのを待った。ぶつかってはいない。それでも、袋を握り直した手を見て、瑛里はその場で自転車を降りた。
47歳。駅までの通勤も、近所の買い物も、自転車なら早かった。その角はいつも減速していた。今日も減速したつもりだった。男性の方が、もう半歩先へ出ていたらと思うと、足が落ち着かなかった。
家へ帰って夫の崇に話すと、「あそこは見えないよな」と言った。瑛里もそう思った。塀さえ低ければ、もっと早く気づけたはずだった。
「自転車の保険、確認しておく?」
「入ってるよ。去年、更新した」
瑛里はスマートフォンで契約の画面を開いた。通院、入院、手術。自分のけがの項目が並んでいる。相手にけがをさせた場合の項目を探すと、別の補償の説明へ移った。契約中と表示された範囲には、それがなかった。
「これ、転んだときの方か」
声に出してから、去年の申込みを思い出した。自転車で転んだ同僚の話を聞き、通院の備えが欲しかった。自分が必要と思ったものを選んだのに、いつの間にか「自転車の保険は全部ある」に変わっていた。
崇が、火災保険に付けた特約があった気がすると言った。瑛里は「じゃあ、大丈夫じゃない」と返した。早く安心したかった。
しかし、特約の名前だけでは、自分が対象なのか分からなかった。翌日、保険会社へ、契約番号と家族の状況を伝えて確認した。今の契約には個人賠償責任の特約があり、瑛里の日常生活での自転車事故も対象に含まれると分かった。限度額や対象外になる場合、事故時の連絡先も聞いた。
新しい保険を申し込まなくてよかった、と瑛里は思った。そのすぐ後で、昨日の男性が袋を握り直した手を思い出した。
保険があったと知っても、あの角で止まる距離が伸びるわけではなかった。
日曜、瑛里は崇と買い物へ出た。崇も自転車だった。例の角へ近づくと、瑛里は手前で降りた。
「ここまで来ると、もう見えるよ」
崇は先に止まって待っていた。瑛里は「私は押していく」と答えた。買い物の行き帰りにいちいち降りるのは、正直、面倒だった。1回止まれた場所だから、次も止まれるような気もした。
自転車を押すと、道の端から伸びた枝が肩に触れた。いつもは気にしなかった、狭い道だった。
翌朝、駅へ行くのに別の道を使った。遠回りになり、いつもの電車には間に合わなかった。会社へ遅れる時間ではなかったが、ホームで待つ数分がもったいなかった。
夜、瑛里は保険の連絡先を保存し、家族にも場所を伝えた。崇は「俺もあそこ、気をつける」と言ったが、通り道まで変えるとは言わなかった。
次の朝、瑛里は玄関でヘルメットをかぶり、いつもより早く自転車を出した。角へ近い道と、駅へ回る道が分かれるところで、一度足をついた。
まだ、近い方へ曲がりたくなる。
瑛里はペダルを踏み、遠い方へ進んだ。ホームでは、昨日と同じ電車を待った。
この話、実際なら?|自分のけがと、相手への賠償を分けて確認する
瑛里の場合は別の契約に特約がありましたが、どの家庭にも付いているわけではありません。「保険がある」という記憶を、現在の契約内容へ置き換えることが出発点です。
1.保険の名称だけで、補償を判断しない
日本損害保険協会「自転車事故と保険」は、相手への法律上の損害賠償に備える個人賠償責任保険と、自分のけがに備える傷害保険を区別しています。「自転車向け」と案内される契約でも、具体的に何を補償するのかを確認しましょう。
2.新しく申し込む前に、今の特約を探す
個人賠償責任保険は、自動車保険や火災保険などに特約として付いている場合があります。同協会の個人賠償責任保険の案内では、家族の事故も対象となる仕組みを紹介しています。ただし、対象となる家族の範囲、限度額、国内外の扱い、示談交渉サービスの有無は契約ごとに確認が必要です。
保険会社へ「私が、日常の買い物中に自転車で人にけがをさせた場合」を具体的に尋ねると、確認漏れを減らせます。業務中の事故は個人賠償責任保険の対象外となるため、配達など仕事に使う場合は別に確認してください。
3.重複と、事故時の連絡先を確認する
保険会社の公式案内でも、同様の特約が重複する場合の注意が示されています。複数契約があれば賠償額を超えて二重に受け取れる、というものではありません。安易に解約せず、補償範囲の差も含めて比較します。
警察庁の自転車ルールブック(PDF、50ページ)は、事故時の救護・報告義務を説明しています。事故が起きた場合は、保険の検索より負傷者の救護と警察への報告が先です。その場だけで支払いを約束せず、事故の状況を記録し、契約先へ連絡してください。
次の一歩|補償と、いつもの危ない場所を一つずつ
自分と家族が対象になる契約、保険期間、連絡先を確認して残します。そのうえで、見通しの悪い角など、普段の道で運転を変える場所を一つ決めてみましょう。
保険の名前と補償の違いは、「『火災保険には入ってる』浸水のニュースを見た夜、夫が証券を探し始めた」でも、住まいを舞台に描いています。
※実用部分は2026年10月16日に日本損害保険協会・警察庁・保険会社の一次情報を確認。保険金の支払いは各契約・事故状況によって判断されます。