仕事・第二の人生

初めてのピアノ発表会。止まった私を、娘は最後まで撮っていた

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初めての発表会でアップライトピアノを弾く52歳の祐季と、客席から動画を撮る娘の美琴

大人になってから始めたピアノで、初めて発表会に出る。52歳の祐季は、娘には知らせないつもりでした。家では弾けるのに、人前ではどうなるか分からない。結局、見に来てもらったその日、心配していたとおりに指が止まります。娘のスマホには、その瞬間も残っていました。

※この記事のSTORY部分はオリジナルフィクションです。人物・教室・発表会は架空です。

STORY|出演者欄に、自分の名前

「発表会って、お母さんが出る方?」

25歳の娘・美琴に聞き返され、祐季は申し込んだことを少し後悔した。

仕事の帰りに月2回、ピアノを習い始めて1年になる。子どものころには習っていなかった。店頭で弾かれていた短い曲が好きになり、自分でも弾けたらと思ったのがきっかけだった。

家では電子ピアノにヘッドホンをつなぐ。家族に聞こえない分、何度同じところでつまずいても気にならなかった。

教室の小さな発表会への誘いを、最初は断った。けれど、会場の案内にあった「初めて出演する大人の方もいます」という一文が気になり、締切の前日に申し込んだ。

弾くのは2分ほどのワルツだった。難しい方の楽譜も買っていたが、今の自分に弾ける編曲を選んだ。

美琴には、何でもない話のついでに伝えたつもりだった。

「その日、空いてる。見に行っていい?」

うれしかった。ただ、うれしいと答える前に、「本当に短い曲だから」と言った。

練習では、間違えなくなった場所

出演を決めてから、家で弾く順番が変わった。好きなところだけ繰り返すのではなく、本番のつもりでお辞儀をしてから座り、最初から最後まで通す。

スマホで一度録音すると、同じ音を急いで弾いていることに気づいた。そこは、仕事へ出る前にも練習した。なかなかできなかった指の動きが、ある朝、すっとつながった。

その日のレッスンでは、先生に「もう1回、聞いてください」と頼んだ。

本番で止まった場合のことも聞いておいた。最初から全部やり直すのではなく、弾き直せそうな区切りを先生と決め、楽譜に丸を付けた。

そんな準備をしているのに、前夜には「熱が出たことにすれば」と考えた。もちろん、熱はなかった。

美琴から「明日、楽しみ」と届いた。祐季は「期待しないで」と打ちかけ、「ありがとう」に直した。

音が止まっても、誰も終わりにしなかった

会場は、地域の施設にある音楽室だった。壁際のアップライトピアノの前に椅子が置かれ、少し離れたところに客席が並んでいる。

美琴には、教室へ確認した撮影のルールを伝えていた。祐季の演奏だけ、決められた客席から撮ってもらう。

名前を呼ばれ、ピアノへ歩いた。お辞儀をして椅子へ座る。それだけで、息が浅くなった。

最初の音は、思ったより大きく出た。

左手を少し弱くしようとしたら、右手が先へ行った。追いつこうとして、両手とも止まった。

さっきまで聞こえていた音の響きが、消えた。

最初から弾く。それとも、もう終わりにする。

楽譜を見ても、自分がどこにいたのか、一瞬分からなかった。客席を見たら立てなくなりそうで、丸を探した。

あった。止まった場所より少し前、練習で何度も弾いた区切りだった。

祐季は両手を鍵盤から離し、膝の上に置いた。一度息を吐き、手を戻した。

さっきより、ゆっくり弾いた。同じところを通るのは怖かったが、左手の音を1つずつ確かめた。右手が、その上に重なった。

最後の和音は、少し強すぎた。

手を下ろしてから立ち上がると、拍手が聞こえた。美琴は、まだスマホをこちらへ向けていた。

祐季はお辞儀をした。今度は、どちらの足から歩けばいいか分からなくなった。

切ってもらおうと思った、7秒

終演後、美琴が撮った動画を送ってくれた。

「途中は見なくていいから」と言いかけたが、娘はもう画面を開いていた。

ピアノへ向かう自分は、思っていたほど慌ててはいなかった。最初の方は、思っていたよりいい音がした。

止まったところで、祐季は顔をしかめた。

「ここ、長かったでしょう」

「今、数えてみる?」

2人で見直した。弾き直すまで、7秒ほどだった。祐季には、その何倍も長く思えていた。

動画の中の自分が手を膝へ置き、もう一度鍵盤へ戻す。そのあとには、まだ曲が続いていた。

「最後、音が大きすぎた」

「終わりだって、ちゃんと分かったよ」

美琴はそう言った。上手だった、と何度も慰められるより、その返事がうれしかった。

動画を切ってもらおうと思っていた。けれど、止まったあとの自分の手を、もう一度見たくなった。

「全部、このままもらう」

「もう送ってあるよ」

美琴はスマホをしまった。祐季は娘と並んで音楽室を出た。

次の曲はまだ決めていない。次も出ると先生へ約束したわけでもない。それでも、今日のプログラムは折らずに持って帰った。

家で電子ピアノの上へ置こうとすると、美琴が言った。

「それ、サインして」

「出演者、全員にもらうの?」

「お母さんだけ」

祐季は出演者欄の自分の名前の横に、もう一度、同じ名前を書いた。

この話、実際なら?|大人のピアノ発表会、初めて出る前に

祐季は本番で間違えましたが、決めていた場所から再開し、最後まで弾きました。人前で弾く場の規模や参加条件はさまざまです。以下は、初めての出演に向けた編集部からの確認・準備の提案です。緊張がなくなることや、演奏の成功を保証する方法ではありません。

1.曲の難しさと、出演する場の条件を分けて選ぶ

演奏時間、経験・技量の条件、楽譜を見てよいか、ソロか連弾か、リハーサルの有無を確認します。教室に通っている人だけの会も、一般から参加できる会もあるため、募集要項を読んで選びましょう。

例えば、主催者が公開する島村楽器の大人向け発表会の案内には、演奏経験や技量を問わない会の例があります。これは特定会場の開催条件で、どの会も同じという意味ではありません。リンク先の会は確認時点で受付終了と表示されており、現在申し込める会の紹介ではありません。

2.最初から通す練習と、止まったときの準備をする

座る、楽譜を置く、弾き始める、弾き終えて立つ、という動きも一度試しておくと、当日確認したいことが具体的になります。難しい箇所だけでなく、途中から弾き始める練習も、講師に相談してみてください。

止まったらどう再開するか、助けが必要なら誰へ合図するかも、その会で可能な対応を事前に聞きます。体調が悪いときは出演を優先せず、欠席の連絡先や扱いを確かめましょう。

3.参加費と、撮影・公開のルールを確認する

参加費に何が含まれるか、家族の入場料、写真・動画代、キャンセルの扱いを確認します。服装に指定があるかも聞き、買いそろえる前に手持ちの服や靴で演奏できるか試す方法があります。

家族が撮影してよいかと、撮った動画をSNSへ公開してよいかは、別に確認してください。ほかの出演者や観客が映る場合もあります。主催者自身の広報用撮影について承諾を求める会もあり、大東楽器の2026年の発表会申込案内でも、写真・動画の使用範囲が示されています。自分が申し込む会の条件を読み、気になる点は申込前に尋ねましょう。

次の一歩|出たい会について、一つだけ聞く

「初心者でも参加できますか」「楽譜を見ながら弾けますか」など、一番気になることを主催者へ聞いてみましょう。出演を急いで決めず、見学や小さな弾き合いの場から試すこともできます。

新しい趣味の場に踏み出す別の物語として、「体験の日、友達はできなかった。49歳、パン作りのサークルにもう一度行った理由」も、あわせてご覧ください。

※主催者の公式案内は2026年11月5日に確認。島村楽器の案内は2026年10月6日更新、大東楽器の案内は2026年8月22日掲載です。開催・募集状況、費用、撮影条件は会ごとに異なります。物語の発表会や演奏時間は架空の設定です。