※このSTORYはフィクションです。実在の人物・出来事とは関係ありません。
STORY|相談ではなく、報告だった
父が亡くなって3日目の夜、兄からLINEが届いた。
「実家の土地と家は長男の俺がもらうから。書類がそろったら送る。よろしく」
礼服をハンガーに掛ける手が止まった。まだ、父の湯飲みさえ片づけていない。それなのに、家の行き先はもう決まっているらしい。
私は「わかりました」と打ち、送る前に消した。
母を6年前に見送ってから、父は一人暮らしだった。近くに住む兄は、家の修理や庭の手入れをしてくれた。私は電車で通い、通院に付き添ったり、おかずを作ったりしていた。
翌朝、兄に電話した。
「実家のこと、二人で話さない?」
「何を? お前には、もう家があるだろ」
「家が欲しいって言ってるんじゃないよ」
「じゃあ、いいだろ。こっちで面倒を見てきたんだから」
言い返せなかった。兄には感謝している。でも、結婚して家を出た私は、もう相談する相手でもないのだろうか。
電話を切り、鞄から実家の合鍵を出した。父が「いつでも帰ってこい」と渡してくれた鍵だった。
兄が家を引き継ぐことに、反対したいわけではない。ただ、預金も借金も、遺言があるかさえ知らないまま、うなずくことはできなかった。
私も、一緒に決めたい
数日後、実家の食卓で向かい合うと、兄は茶色い封筒を置いた。給湯器の領収書と、屋根の修理の見積書が入っていた。
「これからも金はかかるし。親父にも、家を頼むって言われてたんだ」
兄は封筒の端を押さえていた。その手を見て、兄も自分なりに、この先のことを考えていたのだと思った。
「そうだったんだ。そこまで聞いてなかった」
私はひと呼吸置いた。
「でも、最初から決まっているみたいに言われると、私の気持ちは関係ないんだなって思うよ」
兄が顔を上げた。
「家を売ってほしいんじゃない。何があるのか確かめて、私も一緒に決めたい」
時計の音が、やけに大きかった。
「……先に言いすぎたか」
そのひと言で、引っかかりが全部消えたわけではない。それでも私は、持ってきたメモを食卓に広げた。
その日は分け方を決めず、遺言や財産の資料を二人で確認することにした。兄の立替金も整理し、手続きと期限は専門家に確かめる。
帰り際、兄が父の湯飲みを持ち上げた。
「これ、どうする?」
「まだ置いておこうよ」
兄は黙って、棚に戻した。
帰りの電車で、またLINEが届いた。
「次は土曜なら行ける。お前は?」
今度は、私の返事を待つ言葉だった。「午後なら行ける」と送って、合鍵を鞄の内ポケットにしまった。
この話、実際なら?|実家は「長男だから」で決まる?
物語のような場面で、まず押さえたいのは、長男という理由だけで実家の相続が決まるわけではないということです。気持ちの整理と並行して、遺言・相続人・財産・期限を確認していきます。
1.結婚した娘にも、相続する権利はある
子どもの法定相続分は、原則として均等です。長男か次男か、息子か娘か、結婚して別の家に住んでいるかによって、その割合が変わるわけではありません。
たとえば、亡くなった父に配偶者がおらず、相続人が兄と妹の2人だけなら、法定相続分は原則2分の1ずつです。ただし、これは実家を必ず半分ずつの共有名義にするという意味ではありません。遺言の内容などを確認し、分け方を検討します。
2.「家を頼む」という言葉と、遺産の分け方は分けて考える
「家を頼む」という言葉を、家の管理を任されたと受け止める人もいれば、家を相続してほしいという意味だと考える人もいます。まずは、親がどのような場面で話していたのか、お互いの受け止め方を共有してみましょう。
そのうえで、遺言の有無を確認します。遺言が見つかった場合は、誰にどの財産を引き継がせると書かれているか、実現するためにどのような手続きが必要かを確かめます。あわせて、相続人の範囲や家の名義、預貯金・借金なども整理しましょう。
家族で話し合うときは、「これから実家をどうしたいか」という希望と、これまでの世話や立替金の記録を持ち寄ると、事情を共有しやすくなります。親を支えてきたことへの感謝も伝えながら、気持ちと財産の分け方を一つずつ整理していくことが大切です。
資料を見ても遺言の意味や手続きがわからない、分け方について意見が合わないときは、その疑問を整理して専門家に相談する方法もあります。相談したからといって、すぐに裁判になるわけではありません。相続人同士で遺産の分け方の合意が難しい場合には、家庭裁判所の遺産分割調停という、第三者を交えて話し合う手続きもあります。
参考:裁判所「相続・遺産分割」
3.「私は家をもらわない」と「相続放棄」は別
家族の話し合いで実家を取得しないことと、法律上の相続放棄は同じではありません。「実家は兄が取得し、妹は預金を取得する」といった分け方は、遺産分割の話し合いで決めることができます。
一方、相続放棄は、その人が亡くなった方の財産も借金などの義務も受け継がないために、家庭裁判所で行う手続きです。相続人の一人だけでも行えますが、「実家だけを放棄し、預金は受け取る」という選び方はできません。家族にLINEで「いらない」と伝えたり、遺産分割協議書に財産を取得しないと記載したりするだけでは、法律上の相続放棄にはなりません。
相続放棄の申述期間は原則として、自分のために相続が始まったと知ったときから3か月以内です。財産を調べても判断できない場合には、期間を延ばす申立ての制度があります。借金が気になるときや実家が「負動産」になっているなど、放棄を考えるときは、早めに専門家へ相談してください。
4.実家の相続には、登記の期限もある
2024年4月1日から、相続登記の申請が義務化されています。原則として、自分のために相続が始まったことと、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内に申請が必要です。遺産分割が成立した場合には、成立日から3年以内に、その結果を反映する登記をする義務もあります。
話し合いが終わっていなくても、期限をそのままにしないことが大切です。登記については、法務局や司法書士に確認しましょう。
話し合いを始める前の確認メモ
- 遺言書の有無と内容を確認する。
- 戸籍などで、相続人が誰かを確認する。
- 実家の名義、預貯金、借金などの資料を整理する。
- 世話や立替金に関する記録を共有する。
- 届いた書類は、何に同意するものか理解してから署名する。
- 相続放棄や登記などの期限を確認し、不明点を相談する。
「急いで返事をすること」と「期限を確かめること」は別に考えられます。まずは、こう伝えるところからでもよいでしょう。
実家のことは、資料を確認してから一緒に話したい。今の時点では、分け方に同意したということにはしないでね。
※制度の説明は2026年9月21日に公的資料を確認した一般的な情報です。実際の扱いは遺言、家族関係、財産の状況などによって異なります。個別の判断は弁護士・司法書士・行政書士など適切な専門家へご相談ください。