お金・資産

通帳を返してほしい。53歳、詐欺被害のあとに夫の「確認」が増えた

自宅の食卓で返された通帳を手にする53歳の玲子を描いたイメージ

被害にあった日に、隣で記録を探してくれた人。その人の助けがなければ、一人で抱えていたかもしれません。けれど、助けてもらったことと、その後の暮らしをすべて任せることは、同じではありません。

※この記事のSTORY部分はオリジナルフィクションです。警察を名乗る電話で30万円を振り込み、相談を始めた玲子の物語から1カ月後を描きます。本記事だけでもお読みいただけます。

STORY|助けてくれた人に、言いにくいこと

「その引き落とし、何?」

夫が見ていたのは、玲子の口座の明細だった。通販で買った洗剤。前にも使っている商品だと説明すると、「そう」と返ってきた。

53歳の玲子は、その返事に腹が立った。自分から通帳を預けておいて、確認されるのが嫌だなんて、勝手だとも思った。

1カ月前、警察官を名乗る男に口座が犯罪に使われていると言われ、30万円を振り込んだ。帰宅した夫に気づかれ、電話を切った。二人で警察と金融機関へ連絡した。あの日、夫は責めずに送金の記録を探してくれた。

翌日、玲子は「しばらく持っていて」と通帳を渡した。通帳を見なくても携帯で振り込めるのは分かっていた。ただ、なくなった金額を何度も見るのがつらかった。

夫は、相談の記録も一緒にファイルへ入れた。どこへ、いつ連絡したかが残るのは助かった。やがて週末には、玲子の買い物まで尋ねるようになった。

「確認するだけだよ。また変なことにならないように」

夫の声は穏やかだった。玲子には、「今のあなたは信用できない」と聞こえた。

相談したいのに、質問されたくない

知らない番号から電話が来ると、今も手が止まる。出なかったあとも、金融機関からの連絡だったらどうしようと気になる。夜に目が覚め、送金を確定した瞬間を思い出すこともあった。

そんな話をすると、夫は「だから俺に見せて」と言った。

玲子は次第に、困っていると言わなくなった。洗剤の注文確認メールを閉じ、友人との食事の予定も、聞かれるまで話さなかった。お金を使ったことが知られるのを、先に身構えていた。

ある夜、夫のスマートフォンに、覚えのない引き落としの通知が出た。

「それ、何?」

玲子は、同じ聞き方をした。夫は眉を寄せた。

「配信の料金。前から使ってる」

「確認するだけだよ」

言い返せて、少し気が晴れた。そのあと、嫌な気持ちになった。夫に同じ思いをさせても、自分の通帳は戻らない。

翌日、玲子はファイルを食卓に置いた。

「通帳、返してほしい」

夫はすぐには開かなかった。

「もう大丈夫なの?」

「大丈夫とは言えない。でも、買い物を説明する生活は嫌」

「また振り込んだら?」

その言葉に、玲子の声も強くなった。

「じゃあ、いつまで? 私が絶対に間違えなくなるまで?」

夫が椅子の背にもたれた。

「あの日、まだ電話が鳴ってただろ。俺が帰ってなかったらと思うと、怖いんだよ」

玲子は、夫もあの日の途中で止まっていたのだと知った。だからといって、買ったものを毎回見せたいとは思わなかった。

同じ不安でも、同じ役割にはしない

「記録を一緒に整理してくれたのは、助かった。それはお願いしたい。でも、普段の明細を見るのはやめてほしい」

夫は「見なければ分からない」と言った。玲子は、「見られると思うと、かえって話せなくなる」と答えた。

どちらも、その場では引かなかった。

翌朝、食卓に通帳が置いてあった。ファイルは夫の側に残っていた。玲子は礼を言い、通帳をしまった。取り返して嬉しいというより、これからは自分でも確認しなければならない重さが戻った。

その週、玲子は金融機関へ、自分で確認した窓口の番号から電話した。夫がまとめた記録を横に置き、次に自分が確認することを尋ねた。30万円が戻るかは、まだ分からなかった。

夫には、聞いた内容を短く伝えた。全部任せるのをやめても、全部一人に戻したいわけではなかった。

夜、玲子は犯罪被害者の相談先の案内を開いた。眠れないことを、返金の問い合わせと同じ電話で話していいのか迷っていた。別の相談先があると分かり、連絡する内容をメモした。

「それも、俺が聞いておこうか」

夫が言った。玲子は少し考えた。

「今度は、私が話す。終わったら、話せる分は伝える」

夫は「分かった」とは言わず、「そう」と答えた。

玲子も、安心させるための「もう大丈夫」は言わなかった。メモの最初に、電話が鳴ると怖いことを書いた。夫には言いにくくなっていたことから、話すつもりだった。

この話、実際なら?|被害後の支えを、本人の意思と分けない

家族も不安を抱えることがあります。支援をやめるか、暮らしを全部管理するかの二択にせず、本人が頼みたいことと、家族が心配していることを分けて話す余地があります。

1.「代わりに決める」前に、何を手伝うか聞く

警察庁の「犯罪被害にあうと」は、被害者の話を聴き、意思を尊重して、本人が選べるよう支えることを案内しています。善意でも、本人に確認せず物事を進めることが無力感を強める場合があります。

記録整理、窓口への付き添い、生活の手伝い。必要な支援は人や時期で違います。「何を、いつまで手伝うか」「誰に何を伝えてよいか」を本人と確認し、後から見直す方法があります。明細を常に見せることを、相談できる条件にしない工夫も考えられます。

2.お金の手続きと、心身の相談は別に持てる

同じ警察庁の案内では、被害後の反応は人によって異なり、食事や睡眠がとれない状況が続く場合は医師や専門機関への相談を勧めています。ここで病名を自己判断する必要はありません。

警察庁の犯罪被害者・支援者向けポータル「ギュっとCH」から、支援制度や相談窓口の情報を探せます。対応する被害や地域、利用条件は各窓口へ確認してください。家族に話しにくい気持ちを、家族以外へ相談する選択もあります。

3.「お金を取り戻せる」という新たな連絡にも注意する

金融庁は、返金制度を装った勧誘への注意を呼びかけています。預金保険機構が、被害回復分配金の支払手続に関連して被害者へ金銭を要求することはありません。

新たな相手の案内だけで送金や手続きを進めず、既に相談している警察・金融機関など、自分で確認した窓口へ相談を。金融庁の被害者向け案内では、支払手続の進行状況の確認先を振込先の金融機関としています。被害額の全額や、支払い自体が保証されるわけではありません。

次の一歩|頼みたい支援を、一つ具体的に

「全部任せる」「もう助けはいらない」の間に、「記録整理は一緒に」「この相談は自分で話す」を置いてみる。家族も自分の不安を、本人の行動を制限する方法だけで解消しようとせず、相談先を持つことを考えてよいでしょう。

※公的情報は2026年10月11日に確認。会話・分担の例は編集部の提案です。個別の被害対応は警察・金融機関等へ、心身の不調は医師や専門機関へ相談してください。