長く働いた経験を、きちんと評価してほしい。そんな思いが強いほど、面接が「前の会社の説明」になってしまうことがあります。57歳の達也が聞き逃したのは、難しい質問ではありませんでした。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。
STORY|課長の話は、まだ続いていた
「前職では課長として、12人の部下を見ていました」
達也は、ここまでは練習どおりに言えた。目の前の採用担当者はうなずき、履歴書に目を落とした。
食品卸の営業所が閉鎖され、達也は57歳で仕事を探し直していた。見つけたのは、物流会社の受注・出荷事務の求人だった。取引先との連絡も、納期の調整も経験がある。自分には十分できると思った。
「朝の勤務が早い日もありますが、通勤は大丈夫ですか」
担当者が尋ねた。達也は「もちろんです」と答え、そのまま以前の繁忙期の話を始めた。急な注文にどう対応したか。部下の担当をどう割り振ったか。大口の取引先を、どうつなぎ止めたか。
話しているうちに、調子が出てきた。会社を辞めてから、こんなに仕事の話を聞いてもらったのは久しぶりだった。
「慣れていない社員には、私が説明していました」
担当者はもう一度うなずいた。
「今回は、まず実際の入力と出荷確認を覚えていただく仕事になります」
「ええ、全体を見られるので、改善の提案もできるかと」
担当者が一瞬、言葉を選ぶように間を置いた。
「最初は、今の手順を覚えていただければ」
達也は、少し物足りなくなった。自分の経験を生かしてほしいのに。作業だけをさせられるのだろうか。
面接の終わりに勤務時間の説明があった。早番の開始時刻を聞いて、達也は初めて電車のことを考えた。いつも使う便では間に合わない。最寄り駅から会社までも、歩いて何分か調べていなかった。
「確認して、ご連絡してもよろしいでしょうか」
担当者は「お願いします」と言った。責める口調ではなかった。それが、かえって恥ずかしかった。
朝の勤務は大丈夫か。いちばん初めに聞かれていた。達也は、聞いているふりをして、自分の話をする機会を待っていたのだ。
帰宅すると、妻の由紀が「どうだった?」と尋ねた。
「あまり、経験を分かってもらえなかった」
由紀は冷蔵庫から麦茶を出しながら、何の仕事に応募したのか聞いた。達也が説明すると、「それで、朝は何時に出るの?」と言った。
採用担当者と、同じところを気にしている。達也は少しむっとした。
「そこより、何ができるかが大事だろ」
「時間どおり着けることも、できることじゃない?」
達也は返事をせず、電車の時刻を調べた。別の駅まで自転車で行けば間に合う。ただ、雨の日まで同じようにはできない。早番の日の始発と、駅からの道を確認する必要があった。
翌朝、実際の時間に家を出た。誰かに連れて行かれるわけでもないのに、試験を受け直しているような気がした。
歩いてみると、駅からの道は思ったより長かった。会社の近くに着いたとき、すでに始業まで余裕がほとんどなかった。達也は、勤務時間と通勤方法を確認したうえで、今回は応募を取り下げると連絡した。
不採用を待つより、自分で決めたと言いたい気持ちもあった。それでも、続けられない通勤を「大丈夫」にして入社するわけにはいかなかった。
その日の午後、達也は別の求人を開き、応募書類を直した。由紀に読んでもらうと、すぐに「課長は分かった」と言われた。
「この段落、課長が3回出てくる」
「それは……」
「何をした人なのか、もう少し知りたい」
達也は紙を取り返しかけ、やめた。納期に間に合わない注文が来たとき、仕入先と配送担当の間で、何を確認していたか。部下に指示した、ではなく、自分がどんな順序で動いたかを書いた。
すると、地味な仕事ばかりが残った。注文数を照合する。相手が困っている点を聞く。できない納期を、できると言わない。
最後の一文を見て、達也は苦笑した。前の仕事では、そんなことを部下に何度も言っていた。
次の面接は、まだ決まっていない。書類が通るかも分からない。達也は求人票の勤務時間に印をつけ、仕事内容の隣へ質問を3つ書いた。
「最初の仕事は、何から覚えますか」
声に出して練習すると、由紀が台所から返事をした。
「うちは、食洗機の入れ方からかな」
それは別の採用試験だ、と言いかけた。けれど、達也は食器を持って台所へ行った。順番を聞く練習くらいなら、今日からできた。
この話、実際なら?|肩書きを「応募先でできること」へ
1.役職の説明に、具体的な行動を添える
「管理職だった」だけで終わらず、扱った業務、困った場面、自分の行動、結果を整理します。「調整力があります」なら、誰と何を確かめ、どう調整したかまで書く。応募先の業務とつながる経験を選び、実際にしていない仕事や成果を足さないことが基本です。
厚生労働省のジョブ・カードは、キャリアの整理や職業能力の見える化に使うツールです。自分だけでは経験を言語化しにくいときは、キャリアコンサルティング等の相談で整理する方法もあります。
2.一般的な職業情報と、応募先の条件を分ける
厚生労働省の職業情報提供サイト「job tag」では、仕事内容や求められる知識・スキル等を調べられます。ただし、その職業の一般的な説明が、個々の求人の業務や採用条件と同じとは限りません。
求人票で勤務時間、勤務地、賃金、雇用形態、業務内容を確認し、不明点は面接等で尋ねます。通勤は通常の昼間だけでなく、実際の始業時刻に合わせて考える。採用されたい気持ちがあっても、続けられない条件を曖昧なまま引き受けないようにしましょう。
3.「教える経験」と「教わる準備」は両方持てる
経験があることと、新しい職場の手順を知らないことは両立します。面接では、自分の実績を伝える時間だけでなく、相手の説明を聞き、最初に求められる仕事を確かめる時間を持ちましょう。
入社後に「聞けない」が壁になる場面は、48歳、新しいシステムを後輩に聞けなかったSTORYでも描いています。経験を捨てるのではなく、使う場所と学ぶ場所を分けることが、次の職場での足場になります。
次の一歩|役職を使わず、経験を1つ説明する
応募したい仕事を1つ選び、「自分は何をした人か」を短い文章にしてみる。その横に、入社前に確認したい条件を3つ書く。自分を伝える準備と、相手の仕事を知る準備を、一緒に進めてください。
※公的サイトの情報は2026年10月10日に確認。求人ごとの条件や相談の利用方法は、応募先・各窓口で確認してください。