親の通院に付き添う日は、仕事の段取りも先に組み直す。50歳の沙知は、診察まで手際よく済ませるつもりでした。ところが、医師への説明を始めると、父から「それは、お前が見たときだろう」と止められました。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・医療機関・勤務先・診察場面は架空です。症状や診察内容は、個別の治療の判断材料にはできません。
STORY|娘のメモには、夜のことがなかった
「この1か月は、前より歩けています」
沙知が医師に言うと、隣の父が顔を上げた。
「それは、お前が見たときだろう」
診察室で、沙知のペンが止まった。医師は父へ向き直り、「ご本人はどうですか」と尋ねた。
78歳の父は、膝の痛みで通院している。昼間は近所の店へ行くこともあるが、距離が長いと杖を使う。病院まではバスを乗り継ぐため、半年ほど前から沙知が車を出していた。
50歳の沙知は、住宅部品の会社で受注の仕事をしている。月曜の午前は週末に届いた注文が重なる。今日は年次有給休暇を1日取ったが、同僚へ引き継いだ注文の返事が気になっていた。
前夜は父に電話し、薬の残りと最近の様子を聞いた。土曜には実家で歩くところも見た。診察券とお薬手帳を忘れないよう伝え、聞くことをメモにした。これだけ用意すれば、次の予約まで一度で済むと思った。
待合室で父が「夜になると」と言いかけたときも、沙知は受付から渡された紙を見ていた。
「それ、あとで先生に言おう。先に次の予定を確認して」
仕事では、話があちこちへ飛ぶ前に要点をまとめる役だ。今日も同じようにすれば、父が困らず、医師にも伝わると思っていた。
診察室で、父は夜の痛みについて話し始めた。横になってから気になること、眠れず起きた日があったこと。沙知は知らなかった。
「電話のときには、言わなかったじゃない」
つい口を挟むと、父は「薬は残ってるかって聞いたから、残ってるって答えた」と言った。
医師は、父の話を聞いてから、沙知が見た歩き方も確認した。沙知のメモが役に立たなかったわけではない。ただ、そのメモだけでは足りなかった。
診察後、会計を待つ椅子で、父が言った。
「車は助かってる。でも、診察までお前が全部話すとは思わなかった」
沙知は、父のために休んだのに、と思った。迎えに行き、受付をして、説明を聞き、帰りは薬局にも寄る。仕事を休む日の準備も、父には見えていない。
「じゃあ、次は1人で来られる?」
言ってから、言い方が違ったと分かった。父が困ると分かっている移動の話を、診察室での不満への返事にしていた。
父は答えなかった。膝の上のお薬手帳を閉じた。
沙知も、すぐには謝れなかった。メモを見直すと、薬、歩く距離、次の予約。その横に仕事の返事をする相手の名前が、小さく書いてあった。
自分の用事も、父の用事も、今日のうちに片づけたかった。父が夜に何を感じていたかを聞く前に、昼間に見たことだけで「前よりよい」とまとめていた。
「さっき、1人で来ればって言ったのは、ごめん。でも、毎回同じように休めるかは分からない」
父はうなずいたが、「俺も、お前の会社の都合だけで話すわけにはいかないよ」と言った。
どちらの言い分も、そのまま残った。
帰宅してから、沙知は弟へ連絡した。「次の通院、代わって」と頼むつもりだったが、迎え、診察の同席、薬の受け取り、帰宅までを書き出して送った。診察では、まず父が話し、家族が見たことはあとで補う。それも添えた。
弟は、その日は仕事を休めないが、前の日曜なら父と聞きたいことを整理できると返した。送迎は決まらなかった。沙知は、その提案だけで全部を任せたことにはできないと分かっていたが、日曜の役割は頼んだ。
翌日、勤務先の担当者へ、通院の付き添いが続いていることを話した。介護休暇の対象になるか、どの休み方が使えるかを、父の状態も含めて確認することにした。「家庭の用事」とだけ言うより、必要な時間を説明しなければならなかった。
次の通院の前の日曜、父と弟が作ったメモが届いた。父自身が話したいことが先に並び、家族から補足する欄は空いていた。
沙知は、次回も1日の有給休暇を取った。付き添いの負担が急に減ったわけではない。制度の確認も、今後の送迎の分担も続いていた。
待合室で、父が紙を取り出した。沙知は横から「これも書いた?」と聞きかけ、やめた。
「私から足していいこと、ある?」
父は紙の下を指した。「この間、階段のところで止まっただろう。あれは、お前が見たから」
沙知は空いている欄へ書いた。診察室へ呼ばれると、父が紙を持って立った。沙知のペンは、まだ鞄の中だった。
この話、実際なら?|親の通院の付き添いは、移動と診察の役割を分ける
沙知が必要だったのは、付き添いをするかしないかの二択だけではありません。移動を助けること、本人の話を聞くこと、家族が見た変化を補うこと。何を頼まれているかを確かめると、仕事との調整も具体的になります。
1.本人が話したいことを、先にメモへ
厚生労働省eJIMの「患者さんとご家族のための手引き」では、相談したいことを書き出し、優先したいものを絞り、回答を書ける余白を残す方法を紹介しています。本人の疑問と、家族が実際に見たことを分けて用意すると、混同しにくくなります。
同席を希望するか、家族から何を補足してよいかも、受診前に本人と確認します。言いにくいことや聞き取りにくさがある場合は、受付や医療者に伝え、説明の受け方を相談してください。本人に任せることは、必要な助けまで引き上げることではありません。
2.介護休暇は通院にも使えるが、対象条件を確認する
厚生労働省の介護休暇の案内では、対象家族の通院への付き添いにも利用できると説明しています。ただし、親が高齢で通院しているだけで、必ず対象になるわけではありません。法律上、負傷・疾病等により2週間以上にわたり常時介護が必要な状態にあることなどの条件があります。
対象家族が1人なら年5日、2人以上なら年10日が上限で、1日または時間単位で取得できます。労使協定による対象・時間単位取得の除外がある場合もあります。年次有給休暇とは別の制度で、有給か無給かは会社の規定によります。申出方法と自分の対象可否は勤務先に確認し、法制度の相談は都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)へ。物語の父が対象だと、この描写だけで判断することはできません。
3.「半日で済む」ではなく、実際の時間と必要な支援を伝える
迎えから帰宅まで、待ち時間や薬局も含めて、実際にかかった時間を記録します。家族には「通院を代わって」だけでなく、送迎・同席・事前の質問整理などを分けて相談する方法があります。これは編集部の提案で、役割は本人の希望と各人ができる範囲で決めます。
厚生労働省「上手な医療のかかり方」は、通院や地域の医療・福祉サービスの相談ができる地域連携室等を紹介しています。まず利用先に相談窓口があるかを確認します。付き添い・移動支援を探す場合も、対応範囲、料金、利用条件、説明内容の共有方法を確認してください。
仕事を辞めることまで考える負担になっているなら、「会社を辞めるしかない」母の介護が始まって3か月では、退職前に働き方と支援を整理しています。今回とは別の家族のSTORYです。
次の一歩|次の予約の前に、本人へ一つ聞く
「今度、先生に一番聞きたいことは何?」。その答えを先に残し、家族から補うことと、付き添うために必要な時間を別に書いてみましょう。本人の受診を支える役割と、自分が続けられる働き方を、同時に相談するところから始められます。
※実用部分は2026年10月13日に厚生労働省の掲載資料を確認。休暇の適用や利用できる支援は個別の状況で異なります。この記事は診断や治療の選択を案内するものではありません。