※このSTORYはフィクションです。実在の人物・出来事とは関係ありません。
STORY|有給休暇の残りは、あと四日
母が転倒して入院したのは、梅雨の始まりだった。
退院後は、私が朝に実家へ寄り、薬と朝食を確認する。昼は訪問介護。夕方は仕事を早めに切り上げ、買い物をしてからまた実家へ行く。
始まって3か月。会社の勤怠画面には、有給休暇の残りが「4日」と表示されていた。
その日も母から午後2時に電話が来た。
「知らない人が来るって言うのよ」
「今日来るのはヘルパーさん。冷蔵庫に予定を貼ったでしょ」
「そんなの聞いてない」
会議室の前で声を落として説明していると、上司が通りかかった。私は反射的にスマートフォンを伏せた。
夜、夫に言った。
「もう会社を辞めるしかないかもしれない」
夫はしばらく黙ってから、「お義母さんのためなら」と答えた。
優しい言葉のはずなのに、胸が詰まった。住宅ローンも、娘の学費もある。辞めたあとの生活を、私は何も計算していなかった。
翌朝、兄に電話した。
「平日の通院、月に一回だけ代われない?」
「俺は遠いし、仕事があるから」
「私にも仕事はあるよ」
言ったあと、二人とも黙った。
兄が母を気にかけていないわけではない。週末には電話をし、費用も出すと言っている。ただ、母の一日の細かな予定は、私にしか見えていなかった。
退職届を書く前に
昼休み、白い便箋を買った。退職届を書くつもりだった。
けれど帰り道、母のケアマネジャーから電話があった。
「最近、娘さんが全部抱えていませんか」
私は歩道の端で立ち止まった。
「会社を辞めようと思っています」
「その前に、一度サービスとご家族の役割を組み直しましょう。会社にも介護の制度を相談しましたか」
していなかった。迷惑をかける人だと思われるのが怖くて、「家庭の事情」としか伝えていなかった。
翌日、人事に相談すると、担当者は制度の一覧を出した。介護休業、介護休暇、短時間勤務、残業の免除。在宅勤務は部署との調整が必要だが、相談はできるという。
「辞めると決める前に、使える組み合わせを見ませんか」
その週末、兄もオンラインでケアマネジャーとの話し合いに参加した。兄は通院日に有給を取り、難しい月は費用面で支える。夫は水曜の買い物を担当する。訪問介護の回数と、短期入所の利用可能性も確認することになった。
何も解決してはいなかった。母の状態は変わるかもしれないし、仕事との両立が簡単になるわけでもない。
それでも、便箋はまだ白いままだった。
母の冷蔵庫に新しい予定表を貼ると、母が言った。
「あなた、会社は大丈夫なの」
私は初めて、「大丈夫にするために、みんなで相談してる」と答えた。
この話、実際なら?|介護離職を決める前に確認したいこと
家族の介護が始まると、目の前の対応に追われ、「自分が辞めれば回る」と考えてしまうことがあります。ただし、退職すると収入や社会保険、将来の年金、再就職に影響する可能性があります。まずは介護を一人で担う前提を外し、支援と働き方を組み直せないか確認します。
1.介護休業は「自分が介護し続ける期間」とは限らない
一定の要件を満たす労働者は、対象家族1人につき通算93日まで、3回を上限として介護休業を取得できる制度があります。休業期間を、ケアマネジャーとの調整、施設やサービス探し、家族の役割分担など、仕事と介護を両立する体制づくりに使う考え方があります。
ほかにも介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働・深夜業の制限、短時間勤務等の措置があります。対象要件や申出方法は制度ごとに異なるため、人事・労務担当や都道府県労働局へ確認してください。
2.地域包括支援センターとケアマネジャーに「仕事も続けたい」と伝える
介護サービスの相談では、本人の状態だけでなく、家族が働いていること、通える曜日、夜間対応の難しさも伝えます。すでに要介護認定を受けている場合はケアマネジャーへ、まだなら市区町村の窓口や地域包括支援センターへ相談します。
訪問介護、通所介護、短期入所などは、本人の状態や認定、地域の空き状況によって利用条件が異なります。希望どおりに利用できるとは限らないため、早めに複数案を相談します。
3.家族の分担は「時間・お金・連絡」で分ける
遠方の家族が日常介護を担えなくても、通院日の調整、費用負担、手続き、定期連絡、緊急時の代替などを担えることがあります。「手伝って」ではなく、「毎月第2金曜の通院」「サービス事業者との連絡」のように具体化すると話しやすくなります。
4.費用と働き方を数字で比べる
退職前後の手取り、介護サービスの自己負担、交通費、民間サービス費、社会保険や年金への影響を整理します。介護休業給付は一定の要件があります。自分が対象か、金額や申請方法は勤務先やハローワークで確認してください。
確認メモ
- 勤務先の介護休業・介護休暇・短時間勤務等を確認する
- 地域包括支援センターまたはケアマネジャーに仕事の事情も伝える
- 介護内容を一覧にし、家族で時間・お金・連絡を分担する
- 退職した場合を含め、家計と社会保険への影響を確認する
- 緊急時の代替者と連絡先を決める
退職を決める前に、使える制度とサービスを確認し、今の介護の組み方を一度見直したいです。
※制度情報は2026年9月22日に厚生労働省等の公的資料を確認した一般的な内容です。本稿は公開前の人間レビューを前提とした下書きです。対象要件、給付、利用できる介護サービスは勤務先・雇用状況・本人の状態・地域により異なります。勤務先、ハローワーク、自治体、地域包括支援センター等へご確認ください。