※このSTORYはフィクションです。実在の人物・出来事とは関係ありません。
STORY|三度目の電話
日曜の夕方、父から電話があった。
「駅前の銀行が、来月から三時で閉まるらしいぞ」
「うん。昨日も聞いたよ」
冗談めかして答えると、父は少し黙った。
「そうだったか」
一人暮らしになって4年。父は毎朝散歩をし、町内会の会計も引き受けていた。スマートフォンの操作は私より遅いけれど、公共料金の支払いも通院の予約も自分でしている。
だから、同じ話くらい誰にでもあると思った。
翌週、父の家へ行くと、食卓に銀行の封筒が三通並んでいた。
「定期を解約しようと思ってな」
「何か買うの?」
「いや、営業の人が来て。今よりいいものがあるって」
父は名刺を探し始めた。引き出しを二つ開け、冷蔵庫の上を見て、また同じ引き出しを開けた。
「どんな商品?」
「それがな、難しい名前だった。元本は大丈夫だと言ってたかな」
“大丈夫”の意味を、父は説明できなかった。
私は胸の奥が冷たくなるのを感じた。けれど、通帳を見せてと言えば、父を子ども扱いしているように聞こえそうだった。
「お父さん、最近同じ話をするよ」
父の眉が動いた。
「年寄り扱いするな。自分の金くらい自分で決める」
声は強かった。私はそれ以上言えず、みそ汁を温め直した。
忘れたことより、父が黙ったこと
帰り際、玄関で靴を履いていると、父が小さな声で言った。
「実はこの前、病院の日を間違えた」
振り返ると、父は壁のカレンダーを見ていた。
「自分でも、ちょっと変だと思うことはある」
私は靴を脱いだ。
「認知症って決めたいんじゃないよ。体調や薬のこともあるかもしれないし、一回、先生に相談してみない?」
父はすぐには答えなかった。
「一緒に来るか」
「うん」
その夜、私たちは通帳を取り上げる話ではなく、父がこれからも自分で決めるために、何を一緒に確認するかを話した。
定期預金の解約は、商品説明をもう一度聞いてからにする。知らない訪問者とはその場で契約しない。通院日と支払日は共有カレンダーに書く。
父は最後まで、「大げさだ」と言っていた。それでも翌朝、診察券の写真が私のスマートフォンに届いた。
三度目の銀行の話は、もうしなかった。
代わりに、「来週の火曜、空いてるか」と書いてあった。
この話、実際なら?|「同じ話」だけで認知症とは決められない
同じ話を繰り返すことは、認知症の可能性に気づくきっかけの一つにはなります。ただし、それだけで認知症と判断することはできません。体調、睡眠、薬、気分の落ち込みなど、ほかの要因が関係する場合もあります。
本人を問い詰めたり、失敗を試したりするより、生活上の変化を具体的に記録し、かかりつけ医や相談窓口につなぐことが大切です。
1.変化を具体的にメモする
「物忘れがひどい」ではなく、いつ、どのようなことがあったかを記録します。通院日を間違えた、同じ請求を二度払った、慣れた道で迷った、契約内容を説明できなかったなど、生活への影響がわかる記録は相談時にも役立ちます。
2.本人の尊厳を守る言い方を選ぶ
「認知症だから管理する」ではなく、「これからも自分で決められるよう、一度体調を確認しよう」と伝える方法があります。家族が結論を決めてから話すと、本人には権利を奪われる話に聞こえることがあります。
3.早めに相談先を知っておく
相談先には、かかりつけ医、もの忘れ外来、地域包括支援センターなどがあります。地域包括支援センターは高齢者の暮らしや介護に関する地域の相談窓口です。本人が受診をためらう場合も、まず家族だけで相談できるか窓口に確認してみましょう。
4.財産の話は、判断できるうちに本人を中心に進める
支払いや契約が心配になっても、家族が本人名義の預金を当然に動かせるわけではありません。まずは連絡先、定期的な支払い、保険、不動産、借入れ、重要書類の保管場所などを、本人の同意を得て整理します。
将来の財産管理には、任意後見、法定後見、家族信託など複数の仕組みがありますが、目的、開始時期、権限、費用、監督のあり方が異なります。「この制度なら何でもできる」と考えず、本人の希望と必要な支援を整理して、弁護士・司法書士などに確認してください。
確認メモ
- 気になった出来事を、日時と一緒に記録する
- かかりつけ医、薬、お薬手帳を確認する
- 地域包括支援センターなど地域の相談先を調べる
- 契約や支払いで急な変更をせず、本人と一緒に確認する
- 財産管理の制度は、できること・できないことと費用を専門家に確認する
心配だから取り上げたいのではなく、これからもお父さんが自分で決められるように、一緒に確認したい。
※制度・相談先情報は2026年9月22日に公的資料を確認した一般的な内容です。本稿は公開前の人間レビューを前提とした下書きです。物忘れの原因や必要な支援は人によって異なります。医療上の判断は医師へ、財産管理や契約の個別判断は適切な専門家・関係機関へご相談ください。