お金・資産

動くかだけ、確かめたかった。水に浸かった愛車の前で、鍵をしまった朝

水が引いた駐車場で、水に浸かった愛車から離れ、鍵を鞄へしまう55歳の美津と24歳の娘を描いたイメージ

水が引いた駐車場で、55歳の美津は愛車を見つけました。昨日まで乗っていた車は、遠くからならいつもと同じに見えます。「エンジンがかかるかだけ」。その考えが、頭から離れませんでした。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・駐車場・車・保険契約・出来事は架空で、実際の被災者の体験談ではありません。

STORY|買い替えるには、まだ早い

「鍵、しまっておこう」

隣に立つ娘が言った。美津は、握っていた鍵を鞄へ戻した。

車のドアは開けていない。エンジンもかけていない。それなのに、自分の物を使うなと言われたようで、少し腹が立った。

「動くか確かめるだけなんだけど」

「電話でも、かけないでって言われたでしょう」

言われていた。美津は、車から一歩離れたまま、下の方に残る泥の跡を見た。

55歳の美津は、物流会社の事務所で働いている。車で通勤し、買い物も車。24歳の娘は別の町に住んでいる。中古で買った小さな車には9年乗った。娘の部活の荷物を積み、進学先へ一緒に行った車だった。

この夏の大雨の夜、美津は高い場所にある友人宅で過ごした。借りている駐車場が冠水したと聞いたのは、そのあとだった。車を取りに戻ることはしなかった。

翌朝もすぐには見に行けず、先に保険会社へ連絡した。水に浸かった車のエンジンはかけず、搬送について相談することになった。今は水が引き、管理者から立ち入りできると案内された場所で、手配の連絡を待っている。

窓ガラスは割れていない。昨日出勤したときには、普通に動いていた。その続きを、鍵を使えば確かめられる気がした。

「この間、タイヤも替えたのよ」

美津が言うと、娘は「知ってる」と答えた。替えたばかりなら直る、とは言ってくれなかった。

運んでもらう車から離れ、安全な場所で待つ間、美津は職場へ電話した。明日の出勤について話すと、帰りの時刻より先に、朝のバスを調べることになった。

「しばらく、私が送ろうか」

娘の言葉に、助かったと思った。

「じゃあ、朝は7時に」

「毎朝は無理だよ。私も仕事があるから、休みの日とか」

美津は、すぐに返事ができなかった。娘の町から来て、自分を送り、また仕事へ向かう時間を、考えていなかった。

「毎日は頼まない。今日、バスだけ一緒に調べて」

車の相談より先に、明日の相談が必要になった。

保険会社には、車両保険を付けていることを確かめ、今回の損害が対象になるか調べてもらうことになった。支払われる額や自己負担は、まだ分からない。美津は「車両保険あり」の文字を見て、買い替えまで全部済むような気持ちになりかけたが、話はそこまで進んでいなかった。

娘は、修理できなければ次の車を探そうと言った。

「まだ、直せないって決まってないでしょう」

美津の声が、思ったより強くなった。

「うん。でも、通勤で困るなら候補だけでも」

娘が急いでいるのは、母の足を用意するためだった。美津が急ぎたくないのは、この車を終わったことにしたくないからだった。

「あの車、後ろの窓が少し引っかかったよね」

娘が言った。美津は、そんな所だけ覚えているのかと思った。

「でも、遠征の帰りに乗ると、家に帰ってきた感じがした」

美津は、車のあった方を見た。もう搬送され、駐車区画には何もなかった。

「そういうの、先に言ってよ」

娘は笑ったが、次の車を探す話を取り消しはしなかった。

数日後、修理の可否と費用の見通しを待ちながら、美津は必要な日だけレンタカーを借りた。代車費用の補償は付けておらず、今回は自分で払う。娘に毎朝来てもらう案より安く済むか、だけでは決められなかった。

借りた車は静かで、窓も滑らかに開いた。使いやすいと感じたことが、少し悔しかった。

夕方、駐車場へ戻ると、いつもの区画が空いていた。美津は借りた車をゆっくり入れ、降りてから、いつもより遠く感じるドアを閉めた。

駐車場の番号だけは、前と同じだった。

この話、実際なら?|車の水没と車両保険で確認すること

美津が確かめたかったのは、車がまだ使えるかどうかでした。しかし、見た目や愛着では安全性も保険の支払いも判断できません。車の確認、補償の確認、当面の移動を分けて進めます。

1.水が引いても、自分でエンジンをかけない

国土交通省の注意喚起では、水に浸かった車は外観に問題がなくても、感電や電気系統のショートによる火災のおそれがあるとしています。自分でエンジンをかけず、販売店や整備工場へ相談してください。ハイブリッド車・電気自動車は高電圧のバッテリーを搭載しているため、むやみに触らないよう案内されています。電気系統の処置や搬送も、自分で試さず専門業者へ相談しましょう。

危険が残る場所へ車を取りに戻ったり、確認や撮影のために冠水した場所へ入ったりせず、まず人の安全を優先します。

2.「自動車保険あり」ではなく、車両保険の内容を見る

日本損害保険協会は、台風や洪水などによる車の損害について、任意の自動車保険のうち車両保険で補償される場合があると案内しています。契約タイプによって対象外になる場合もあります。

さらに、SOMPOダイレクトの駐車中の水没に関する説明では、通常の保管場所かどうかや「自宅・車庫での水災」の設定によって扱いが異なります。これは同社商品の例です。「一般型」「エコノミー型」という名前だけで判断せず、自分の証券・約款で、水災の対象と除外条件を確認してください。大雨による水没と、地震が原因の津波による水没も、同じ扱いとは限りません。

3.修理費・保険金・代車費用をひとまとめにしない

ソニー損保の水没車の説明では、修理不能や修理代が保険金額を超える場合を全損として扱い、支払方法を説明しています。すべての契約で同じとは限らないため、保険会社に、修理可否と見積もりに応じた支払額、保険金額の限度、免責金額、保険利用後の等級・保険料への影響を確認します。新しい車の購入費が丸ごと戻ると決めつけないことが大切です。

レッカー・保管・代車の費用も別に確認します。例えば、同社の事故時レンタカー費用特約には、利用条件や上限、事業者の手配・承認に関する条件があります。借りる前に、自分の契約で対象となる費用・日数・手配方法を尋ねましょう。事故の連絡時には、水に浸かった日時・場所、分かる範囲の状況、始動を試したかを事実どおり伝え、必要な記録や写真について指示を受けます。

住まいの保険を見直す話は、「火災保険には入ってる」浸水のニュースを見た夜、夫が証券を探し始めたで扱っています。住宅と車では確認する契約が異なります。登場人物も別の独立したSTORYです。

次の一歩|車の連絡先と、車がない日の移動を確認する

平常時なら、車両保険の水災の扱いと、事故受付・ロードサービスの連絡先を確かめておきましょう。被害がある場合は安全な場所から契約先へ連絡を。修理するか買い替えるかの判断を急ぐ前に、通勤や買い物に使う当面の移動方法も整理します。

※実用部分は2026年10月13日に国土交通省・日本損害保険協会・保険会社の一次情報を確認。補償・支払額・費用・等級への影響は契約と損害状況により異なります。