辞めると決めたのは自分。その気持ちと、雇用保険の手続きで確認する「離職理由」は、同じ言葉で片づくのでしょうか。
※このSTORYはオリジナルフィクションです。実在の人物・出来事とは関係ありません。
STORY|自分で決めた、と言いたかった
離職票を見た尚弘は、封筒へ戻しかけた。
離職理由の欄は、自己都合。51歳で辞めた会社へ、もう連絡したくなかった。退職届を書いたのも、自分だった。
「これで合ってるんだろうな」
妻にではなく、机の向こうへ独り言を言った。
事務機器の販売会社に23年勤めた。部門が縮小され、担当していた取引先は別の部署へ移った。上司との面談で、尚弘は退職を勧められた。
「残る方向も探すけれど、希望どおりの仕事は用意できない。退職も考えてもらえないか」
その言葉を聞いたとき、悔しさの後に、妙な軽さが来た。ここ数年、朝の電車に乗るたびに、今日も同じ一日かと思っていた。
だから、妻には「この機会に、違う仕事を探す」と言った。友人にもそう話した。会社に押し出されたのではなく、自分で出ていくのだと。
退職届の書き方は、人事からメールで届いた。ひな型には「一身上の都合」とあった。尚弘はそのまま書き、離職の書類も深く確かめずに手続きを進めた。
その一文を、消していた
離職票が届いた夜、妻は書類より先に、尚弘の顔を見た。
「面談で、辞めることを勧められたって言ってたよね」
「でも、最後は俺が決めた」
「それはわかる。書類の理由まで同じなのか、聞かなくていいの?」
尚弘は、妻が自分の決断を小さくしているように感じた。
「今さら会社のせいだって言うのもな」
妻はそれ以上言わなかった。代わりに「明日、ハローワークへ持っていくんでしょう」とだけ確認した。
再就職のために準備した経歴のメモには、退職理由として「新しい分野に挑戦するため」と書いていた。嘘ではない。ただ、先に会社から話があったことは、書いていなかった。
面談の後に上司から届いたメールを探した。退職を提案したこと、返事を待っていることが書かれていた。ひな型のメールとは別に残っていた。
尚弘は、送信日時を見つめた。この日から、自分が話す辞め方だけを、少しずつ整えていた。
会社へ電話をする前に
翌朝、尚弘は人事の番号を表示した。「自己都合ではありません」と言うつもりだった。
けれど、面談での返事も、提出した退職届も、なかったことにはできない。何をどこまで説明すればいいのか、尚弘自身がわかっていなかった。
いったん電話をやめた。ハローワークの案内を読み、離職理由に異議があるときは窓口で相談できることを知った。
会社を責めるための文章ではなく、起きた順番を書くことにした。部門縮小の説明。上司との面談。退職届を出した日。自分から辞めたいと言ったのはいつだったか。
書いているうちに、「違う仕事をしたかった」も残したくなった。そこを削ると、今度は自分が全部嫌だったことになる。
昼前、コンビニのコピー機で、上司と人事のメールを印刷した。面談の日付を書いたメモと一緒に、封筒へ入れた。
紙をそろえながら、前の会社で、いつも「結論から話して」と部下に言っていたことを思い出した。今日はまだ、結論を持っていけなかった。
「合っているか、確認したいです」
窓口で尚弘は、離職票の理由欄を指した。
「退職届は自分で出しました。ただ、会社から先に退職の話がありました。この記載で合っているか、確認したいです」
渡した書類だけで、その場ですべて決まるわけではなかった。会社側への確認が必要になる可能性もあると聞いた。尚弘は、思い出せることを順に説明した。
会社と気まずくなるかもしれない。扱いが変わらないかもしれない。聞けばすっきりする、という話ではなかった。
帰宅して、妻に「まだ決まらなかった」と言った。
「そう」
妻は炊飯器のふたを閉めた。それから「求人の方は?」と尋ねた。
尚弘は少し笑った。辞めた理由を確かめることと、これから働く先を探すことは、どちらも今日の用事だった。
翌日の予定には、応募書類を直すと書いた。離職票の封筒は、まだ捨てずに置いた。
この話、実際なら?|離職票の理由が違うと思ったとき
尚弘が仕事を変えたかった気持ちだけでは、雇用保険上の離職理由は決まりません。退職に至った事実と、本人・会社双方の説明を確認する必要があります。
1.退職届だけで、自分の判断を終えない
離職票の記載が実際と異なると思う場合は、受給手続きの際に、住居地を管轄するハローワークへ伝えてください。ハローワークが本人の主張、資料、会社側の説明等を確認し、離職理由を判定します。自分で理由欄を書き換えれば決まるものではありません。
退職を勧められた場合と、自分から退職を申し出た場合は、経緯を具体的に整理します。単に「納得できない」と伝えるだけでなく、誰が、いつ、何を伝え、その後どう返事をしたかを書きましょう。
2.メールと書類は、時系列で残す
退職勧奨に関する連絡、退職届の控え、労働条件や配置変更の資料、面談の日時と内容を記したメモなど、経緯がわかる資料を用意します。資料が足りなくても相談を見送らず、何が必要か窓口に確認してください。
会社から離職票が届かない場合も、ハローワークへ相談できます。在職中に離職証明書を確認する際は、離職理由の記載を読み、疑問をそのままにしないことが大切です。
3.自己都合でも「今も3か月待つ」とは限らない
正当な理由のない自己都合退職の給付制限は、退職日が2025年4月1日以降なら原則1か月です。離職前5年間に2回以上、正当な理由なく自己都合退職して受給資格決定を受けた場合などは3か月となります。7日間の待期は別にあり、退職した日から数えれば直ちに振り込まれるわけではありません。
基本手当には、被保険者期間の要件や、働く意思・能力があり求職活動をしていることなどの条件があります。離職理由の確認とともに、自分の受給条件・手続き・支給日程を確かめましょう。
出典:厚生労働省「基本手当・再就職手当Q&A」Q1〜3・Q20〜21
次の一歩|理由を1行に縮める前に
離職票と退職前の連絡を並べ、起きた順番をメモしてください。記載に疑問があれば、手続き時に最初から伝えます。受給の見通しを推測で決めず、求職の準備も並行して進めましょう。
次の職場へ経験を伝える準備は、「前職では課長でした」57歳、面接でいちばん大事な質問を聞き逃したでも描いています。別人物の独立した物語です。
※制度情報は2026年10月14日に確認。離職理由・受給資格は個別事情により異なります。具体的な扱いはハローワークへご確認ください。