「今日から、隣の部屋で寝たい」。52歳の奈津紀が言うと、55歳の夫・譲司は、テレビの音を小さくしました。妻が伝えたかったのは睡眠の話でしたが、夫は2人の関係の話として聞いていました。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・出来事は架空です。症状の描写は診断や治療の判断材料にはできません。
STORY|同じ部屋で、違う夜を過ごしていた
奈津紀は寝室のドアを閉め、廊下の電気をつけた。時計は午前2時を過ぎていた。譲司のいびきは、ドアの向こうからも聞こえた。
物流会社で受発注の仕事をする奈津紀は、朝が早い。夫は出勤時刻が少し遅く、夜には録画した番組を見る。結婚して27年、同じ部屋で眠ってきた。以前は、夫が先に寝てもそれほど気にならなかった。
最近は、ようやく寝ついたところでいびきに目が覚める。譲司の肩を軽く押すと、少し静かになる。奈津紀が眠りかけるころには、また始まる。
「そんなに気になる?」
翌朝伝えると、夫は自分では分からないと言った。奈津紀も、うるさいと言ってよいのか迷った。本人がわざと出している音ではない。耳栓を買い、向きを変えて眠り、目が覚めるたびに時計を見るのをやめようとした。
職場で入力を間違え、帰宅してからも夕食の段取りが遅れた。譲司に「今日は機嫌が悪いな」と言われたとき、奈津紀は包丁を置いた。
「機嫌じゃなくて、眠いの」
言い方が強かったことは分かっていた。でも、やわらかく話すための余裕まで、自分が用意するのかと思った。
その晩、独立した娘が使っていた部屋へ布団を運んだ。今は奈津紀の手芸道具と、夫の釣り具が置いてある。床を空けるには、箱を幾つか動かさなければならなかった。
譲司は、布団を見て立ち止まった。
「そこまで嫌だったのか」
「あなたが嫌なんじゃない。眠れないの」
「同じことだろう」
奈津紀は違うと言いたかったが、夫にとって何が同じなのかを聞く前に、「じゃあ、私が我慢すればいい?」と返した。譲司は口を閉じた。
別の部屋で眠ると、朝まで目を覚まさなかった。窓から入る光を見て、奈津紀はしばらく起き上がらずにいた。久しぶりに、朝になったことが残念ではなかった。
食卓で夫に「よく寝られた」と言うのは、少し難しかった。夫を遠ざけた成果を報告するように聞こえそうだった。
けれど、「まあまあ」と言えば、また戻る話になると思った。
「昨日は眠れた。しばらく別の部屋で寝たい」
譲司はうなずかず、卵を食べた。
3日目、奈津紀は布団を上げながら腰を伸ばした。寝室には自分のベッドがあるのに、眠るために自分だけが箱を動かし、布団を出し入れしている。それも、続ければ気になりそうだった。
「部屋を分けるなら、どっちがどこで寝るかも決めたい」
夫は「俺が追い出されるの?」と聞いた。
奈津紀は、夫を押し出したいのではない。でも、音が気になる方だけが移動するのが当然とも思えなかった。
譲司は釣り具の箱を見て、「ここは寝る部屋にするつもりじゃなかった」と言った。奈津紀もそうだった。娘が出てから2人で使うと決めた部屋を、相談なしに自分の寝室にしていた。
2人は、その日は部屋の場所を決めなかった。譲司は釣り具を納戸へ移し、奈津紀は手芸道具をまとめた。仮の布団を敷く場所だけは、毎晩作り直さずに済むようになった。
奈津紀は、いびきが途切れたあと、大きく息をするように聞こえた夜のことも伝えた。譲司は、自分も午後に眠くなることがあると言った。2人で調べ、夫は医療機関へ相談の予約を入れた。まだ、病名も治療も決まっていない。
「検査したら、戻る?」
譲司に聞かれ、奈津紀は首を横に振った。
「結果を聞いてから考えたい。今、戻る約束はできない」
夫は少し黙って、「分かった」とだけ言った。納得していない顔だった。
その夜、譲司が娘の部屋の前を通った。「おやすみ」と言い、戻りかけたところで、奈津紀は呼び止めた。
「明日の朝、釣りの道具を取りに来る?」
「もう移したよ」
それなら朝早く、この部屋の電気がつくことはない。奈津紀は布団へ入った。今日は、夫の足音が遠ざかるのを待たずに、目を閉じられた。
この話、実際なら?|眠る環境と、いびきの相談を分ける
別室で眠ることは、奈津紀が自分の睡眠を確保するために試した方法です。夫婦の愛情の判定でも、いびきの治療でもありません。住まいの広さや生活時間に合わせて、2人が休める環境を考えます。
1.「うるさい」だけでなく、翌日の支障を伝える
何度起きるか、眠れない日がいつから続くか、日中の眠気や仕事への支障を整理します。厚生労働省「睡眠対策」に掲載されたGood Sleepガイド成人版は、音・光・温度に配慮した環境と、睡眠時間・休養感の確保を勧めています。十分な時間を確保しても生活を妨げる悩みが続く場合は、医療機関へ相談するよう案内しています。
2.大きないびきや呼吸の停止を、寝室の問題だけにしない
厚生労働省のe-ヘルスネット「睡眠時無呼吸症候群」は、ひどいいびきや睡眠中の呼吸停止がある場合、速やかに専門の医療機関で検査・治療を受けることが大切としています。いびきがあるだけで、この病気だと決めつけることはできません。気づいた状況や本人の眠気などを整理して相談しましょう。寝室を分けて音が聞こえなくなっても、原因が解消されたとは限りません。
3.別室を試すなら、場所と負担も決める
誰がどの部屋で寝るか、寝具の出し入れ、室温、収納、夜間や朝の出入りを一緒に確認します。「困っている方が移動する」を固定すると、別の負担が残ることがあります。一定期間試したあと、眠りやすさと生活の不便を話し直すのは編集部からの提案です。同室へ戻ることを成功の条件にせず、必要な会話や一緒に過ごす時間は別に確保します。
同じ行動をすることと、互いの希望を大切にすることの違いは、別の夫婦のSTORY「せっかくの夫婦旅行なのに」妻が夫と別々に歩いた午前でも描いています。
次の一歩|眠れない夜の話を、眠くない時間にする
夜中に起こして責めるやり取りだけにならないよう、日中に「何が起きているか」「今夜どう休むか」「医療機関に相談すること」を分けて話します。すぐに同じ気持ちになれなくても、片方の睡眠を守る工夫は先に始められます。
※実用部分は2026年10月15日に厚生労働省の一次情報を確認。この記事は病気の診断や特定の治療・寝具の推奨を行うものではありません。