実家でスマホを設定し直せば、父からの質問は減ると思っていました。50歳の英嗣は、画面を見やすく整えて帰ります。翌日から増えた電話で、父が使っていたのは「便利な機能」だけではなかったと分かってきます。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・出来事は架空です。
STORY|息子の方が、早く終わらせたかった
「写真、どこから出すんだっけ」
78歳の父・耕造は、スマートフォンを英嗣に渡した。近所の仲間と歩いたときの写真を、相手に送りたいということだった。
英嗣は画面を見て、よく使うもの以外は整理した方がよいと思った。文字は小さく、似た色のアイコンが並んでいる。仕事では機器の設定も担当している。これなら、自分がまとめて直した方が早い。
「使いやすくしておくよ」
耕造は写真の送り方を知りたかっただけだったが、英嗣は文字の大きさを変え、ホーム画面の配置を整理した。電話とメッセージを目立つ場所へ置き、あまり使わないと思ったアプリを別の画面へ移した。
「ほら、こっちの方が簡単」
父はうなずいた。英嗣が次々に説明し、最後に「分かった?」と聞いたからだった。
英嗣は帰りに買い物へ寄るつもりで、実家には1時間ほどいる予定だった。父のスマホのことで何度も呼ばれるより、今日のうちに済ませたいと思っていた。
翌朝、耕造から電話が来た。
「昨日の写真がなくなった」
「なくなってないよ。写真を見るアプリを、次の画面へ移しただけ」
「次って、どっちだ」
英嗣は指で横へ動かすよう伝えた。耕造が動かすと、別の画面が出たらしかった。英嗣は仕事に出るところだった。
「そこじゃない。いったん戻って」
言い方が強くなった。父は「あとにする」と電話を切った。
その日の夕方にも、次の日にも電話が来た。天気を見る場所が変わった。友人から来た写真が見つからない。英嗣が便利だと思った配置を説明するたび、父の返事が少なくなった。
「この前、教えたよね」
3度目にそう言ったとき、耕造は「この前と同じ所なら、俺も覚えてた」と返した。
英嗣は、その言葉を聞き流せなかった。自分が移動するまで、父は天気を見られていた。写真の送り方が途中で分からなくなっただけで、何もできないわけではなかった。
翌週、実家へ行くと、父は古いノートを開いた。そこには画面を四角く描き、押す場所を丸で囲んだページがあった。隣の家の人に聞きながら、耕造が自分で書いたものだった。
「これは、もう違うんだろう」
父は丸の付いた場所を指した。英嗣が直した画面には、その場所に別のものがある。
英嗣は、父のノートを見たことがなかった。「こうすれば分かるはず」という自分の順番で、父が覚えた順番を消していた。
「前の画面に戻したい?」
耕造は全部ではないと言った。文字は大きい方がよい。電話も今の場所でよい。写真を見る場所だけは、ノートと同じ所に戻してほしい。
英嗣は、一つ変更するたびに父へ確認した。最初にそうすればよかったと思ったが、今日はどこまで直せばよいか、まだ英嗣にも分からなかった。
次に、父が送りたい写真を開いた。英嗣はスマホを持ったまま説明しかけて、机へ置いた。
「ここからは、お父さんが押して」
父の指が画面の上で止まった。英嗣は、つい「そこ」と指を出しそうになった。買い物の時間が気になったが、今日は途中で取り上げないと決めた。
耕造は、手順をノートへ書きながら進めた。写真を選び、相手を確かめ、送信した。届いたかを聞くメッセージも、続けて送った。
「今度は、1人でやってみる」
英嗣はうなずいた。電話が来なくなると約束されたわけではない。自分がすぐ出られない時間もあることは、別に伝えた。急がない質問なら、週末にまとめて聞いてもらうことにした。
帰り際、耕造が近くのスマホ相談会の案内を見せた。英嗣は「俺がいるのに」と言いかけた。父に教える役を、他の人へ取られる気がした。
「ここにも聞きに行ってみる」
父はそう言い、案内をノートに挟んだ。英嗣は、持ち物と予約の要否を一緒に確かめた。
翌週、英嗣へ写真が1枚届いた。父が歩いた道の、英嗣には名前の分からない小さな花だった。「送れた」とだけ書いてあった。
英嗣は「よかったね」と打ちかけ、消した。
「その花、何ていうの?」
父からの返事は、いつも英嗣が父へ送る説明より、ずっと長かった。
この話、実際なら?|親のスマホを直す前に、使いたいことを聞く
親の操作が遅いとき、機能を減らせば解決するとは限りません。使い慣れた配置を変えることで、かえって分からなくなる場合もあります。以下の教え方は、制度上の決まりではなく、編集部からの実践の提案です。
1.変更は、本人の困りごとに絞る
「何をしたいか」「どこまではできるか」を本人の端末で見せてもらいます。文字を大きくすることと、アプリを移動・削除することは別に確認しましょう。設定を変える前に元の状態を記録し、戻す方法も確かめます。写真や連絡先を消す操作、アカウントの変更などは、影響を確認せず進めないでください。
2.操作を代わる時間と、本人が試す時間を分ける
一度に多くの機能を教えず、今日は写真を1枚送るなど、小さな目的を決めます。最後は本人に最初から操作してもらい、手順を本人の言葉で残すと、次に迷った場所を確認しやすくなります。機種・OS・アプリの更新によって画面が変わるため、一般的な説明動画だけでなく、今使っている機器の公式案内も確認します。
使いやすさのために、安全設定まで外さないことも大切です。IPA「日常における情報セキュリティ対策」は、スマホの更新、画面ロック、不審なSMSのリンクへの注意などを案内しています。認証コードやパスワードを安易に送らせず、必要な入力は本人が行えるよう支えます。
3.家族だけを、唯一の相談先にしない
デジタル庁「地域で開催される講座等の情報」には、スマホの講座・相談会などが掲載されています。対象年齢・居住地域を限定するものもあるため、開催日、予約、費用、端末の持参、質問できる範囲を各案内で確認してください。自治体や購入店の相談窓口を調べる方法もあります。
本人に任せることと、必要な助けを引き上げることの違いは、別の親子のSTORY「診察室で、父が私の説明を止めた。通院の付き添いで急いでいたこと」でも考えています。
次の一歩|次は、端末を受け取る前に一つ聞く
「今日は何ができるようになりたい?」。その答えを先に聞き、すでにできている操作まで変えずに手伝ってみましょう。教える側の都合も伝え、家族がいつでも対応できる前提にはしないことが、長く支えるための準備になります。
※実用部分は2026年10月15日にデジタル庁・IPAの一次情報を確認。講座の開催やサポートの範囲、具体的な操作方法は各窓口・製品の公式案内で確認してください。