おひとりさま・老後

終活ノートを渡したら、「そこまではできない」と言われた。ひとり暮らしの私が頼んだつもりだったこと

【PR】この記事にはアフィリエイト広告を掲載しています。商品・サービスの案内は記事本文と区別した広告枠に表示しています。

一人暮らしの自宅の玄関で、緑色の書類ケースを鞄に入れる前に考え込む50代の女性

もし倒れて、自分で連絡できなくなったら。その後の手続きは誰に頼めばいいのだろう。終活ノートを書き終えたことで、頼み事も済んだと思っていた女性のSTORYです。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。

STORY|預かることと、引き受けること

「大事なものだから、持っていてくれる?」

佳澄が渡した薄い封筒を、姪の薫は、そのまま鞄へ入れた。「分かった」と言って。

59歳の佳澄は、一人暮らしだ。子どもはおらず、兄とは遠方に住んでいる。仕事帰りにときどき会う29歳の薫は、親族の中ではいちばん近くにいた。

きっかけは、自宅で亡くなった一人暮らしの人のニュースだった。誰にも気づかれなかったことも、そのあと部屋を片づける人がいることも、他人事に思えなくなった。

佳澄はノートを買った。通っている病院、加入している保険、家賃の支払先。葬儀は小さくしてほしい、連絡はこの人たちだけでいい。書くほどに、やるべきことが片づいていく気がした。

薫に渡したのは、そのコピーだった。原本の置き場所も書き、最初のページの緊急連絡先には、薫の名前を入れた。

家族には迷惑をかけない。そのために、自分でここまで整理したのだ。

「分かった」の続きが来た

3日後、薫から電話があった。

「叔母さん。病院からの連絡を受けるのはいいよ。でも、この葬儀とか部屋の解約とか、私が全部やるってこと?」

佳澄は、冷蔵庫の前で立ち止まった。

「全部ってほどじゃないよ。連絡してもらって、あとは書いてあるとおりに」

「その、書いてあるとおりに動くのが、私には分からない」

薫は早口だった。急な休みが取れるか分からない。手続きのお金をどう払うかも分からない。佳澄の部屋には一度しか来たことがなく、ノートを見て初めて知った契約もある。

「そこまでは、できないと思う」

佳澄は「今すぐの話じゃないから」と言った。薫は「今すぐじゃなくても」と返した。

電話を切ったあと、佳澄は封筒を渡さなければよかったと思った。何も準備しない人もいるのに。自分は、手間を減らしたつもりだったのに。

私の希望を、誰が探す

週末、佳澄はノートを開き直した。欄はほとんど埋まっている。その中に、誰かが了承した日を書く場所はなかった。

「分かった」は、封筒を預かる返事だった。あのとき自分は、薫に中身を説明していない。

医療の希望のページには、「延命治療は望まない」とだけ書いていた。その言葉を、薫はどんな場面で誰に伝えるのだろう。自分も、具体的な治療の話は分かっていなかった。

佳澄は次の通院で、もし話せなくなったときの希望を、どう残し共有したらよいか尋ねた。いま治せる病気の治療まで断りたいわけではない。苦痛を減らしてほしい気持ちと、できるだけ長く生きたい気持ちが、両方あった。

一言で書けたページほど、説明するのは難しかった。

葬儀や契約の整理については、死後の事務を頼む契約の資料も取り寄せた。どこまで対応するか。費用をどう準備し、どう精算するか。自分より先に頼んだ相手が動けなくなったら、どうなるか。

資料の質問欄に、佳澄は次々と丸をつけた。まだ依頼先は決められなかった。

封筒を、返してもらう

翌週、薫と駅の改札で会った。佳澄はコピーをいったん返してもらった。

「連絡先にするって話と、あとを全部頼む話を、一緒にしてた。ごめん」

薫は封筒から手を離すと、少し肩を下げた。

「連絡を受けることは、できる範囲でやるよ。でも、すぐ行けるとは約束できない」

佳澄はうなずいた。代わりに誰へ連絡するか、兄にも相談する。医療の希望も、一度に決めず、また話してよいかと頼んだ。

「うん。今日みたいに、ちゃんと話してくれたら」

その言葉が、少しだけ刺さった。ちゃんとしたつもりだったのは、ずっと自分のほうだった。

帰宅すると、佳澄は返してもらったコピーを、原本のノートと一緒に緑色の書類ケースへ入れた。誰にどのページを見せたか、何を頼み、どこまで返事をもらったか、別の紙に書き始めた。

死後の手続きを担う人は、まだ決まっていない。異変に気づいてもらう仕組みも、連絡先を一つ書くだけでは足りない。未定という文字が増えたノートは、前より頼りなく見えた。

翌朝、佳澄は相談へ持っていくため、ケースを鞄に入れた。

中から小さな付箋が落ちた。薫の字で「駅前のケーキ、おいしかった。また行こう」とあった。

佳澄はそれを、葬儀のページから外し、来月の手帳に貼った。

この話、実際なら?|ノート・連絡先・契約の役割を分ける

1.ノートに書くだけでは、依頼の合意はできない

エンディングノートは、情報や希望を伝える手がかりになります。ただし、相手の名前を書いて渡すだけで、その人に希望どおりの手続きを義務づけたり、必要な権限を与えたりできるわけではありません。

「緊急連絡先として連絡を受ける」「駆けつける」「支払いをする」「死亡後の手続きをする」は分けて相談します。相手の承諾と対応範囲、対応できないときの次の連絡先を確認しましょう。また、連絡先を決めても、本人の異変を発見する仕組みができるわけではありません。日々の連絡や見守りは別に検討が必要です。

出典:消費者庁「高齢者等終身サポート事業の利用に関する注意点」掲載のガイドライン(緊急連絡先の受託等・死後事務サービス)/東京弁護士会「エンディングノートで出来ること、出来ないこと」

2.死後事務委任は、生前の支援や遺産の分け方とは別

死後事務委任契約は、葬儀や納骨の手配、関係先への連絡、公共料金等の解約など、自分の死亡後に行う事務を生前に取り決めるものです。契約の内容・権限によって扱える範囲は異なり、何でも代行できる制度ではありません。遺産を誰に残すかという遺言の役割や、生きている間の財産管理・判断能力低下への備えも別に検討します。

委任する事務、報酬と実費、預けるお金の管理・精算・残金、解約や返金、依頼先が対応できない場合、相続人等への報告方法を確認してください。専門家へ相談するときも「何を契約すれば全部安心か」ではなく、実際に困りそうな作業を持参すると整理しやすくなります。

出典:関係府省「高齢者等終身サポート事業者ガイドライン」/東京弁護士会「死後事務委任」

3.医療の希望は、一文で決め切らずに共有する

厚生労働省が紹介する「人生会議」は、望む医療やケアについて考え、信頼できる人や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取り組みです。大切にしたいこと、避けたい苦痛、迷っていることも伝え、考えが変われば書き直せます。

尊厳死宣言公正証書という形で意思を残す方法もありますが、作成すれば必ず希望どおりの医療になるわけではありません。「延命治療は望まない」という一文を、救急時を含むすべての治療を断る意味で扱わず、想定する状況や医学的判断も含め、担当医等と話しておくことが大切です。書類の存在・保管場所・共有先も確認しましょう。

出典:厚生労働省「人生会議とは」/日本公証人連合会「尊厳死宣言公正証書」

次の一歩|名前の横に「頼んだこと」を書く

緊急連絡先の人に、何をどこまでお願いしているか、一つだけ確かめてみませんか。まだ承諾を得ていないことは「未定」とし、医療の希望は医療機関へ、死後の契約や権限の整理は内容に応じた法律専門家等へ相談できます。民間サービスを検討する際は、消費者庁のチェックリストも確認材料になります。

日常の連絡と異変への備えを考える別の物語、「3日間、誰とも話していなかった。56歳の一人暮らしで決めた連絡の約束」も、あわせてご覧ください。

※制度・医療の意思決定に関する情報は2026年10月20日に一次情報を確認しました。個別の契約の効力や医療方針は、契約内容・本人の状態等によって異なります。