仕事・第二の人生

「一緒に会社を作ろう」54歳、定款の準備で止まった独立計画

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貸会議室で会社設立の資料を広げ、短髪で眼鏡をかけた50代の男性が40代の女性の説明を聞く

会社名は決まった。あとは書類をそろえれば進むはずだった。50代で独立を決めた男性が、定款を準備する途中で、まだ話していなかったことに向き合うSTORYです。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。

STORY|2人の名前を並べる前に

「役員のところ、千尋さんの名前も入れておきますね」

亮介が言うと、向かいの千尋はペンを置いた。

「私、取締役になる話でしたか?」

54歳の亮介は、長く勤めた物流会社を退職し、小さな会社の業務改善を手伝う仕事で独立することにした。在庫の数え方、発注の流れ、現場への説明。知っていることを、自分の仕事にしたかった。

46歳の千尋は元同僚で、すでに個人でシステムの導入支援をしている。亮介が営業と現場の整理を受け持ち、千尋が設定や操作の支援をする。前に食事をしたとき、「一緒にできたら面白いですね」と言われた。

だから、一緒に会社を作る話は始まっていると思った。

亮介は貸会議室の机に、会社の基本事項をまとめる紙を広げた。社名の欄だけは、迷わず書けていた。

一緒に働く。でも、同じ会社には入らない

「案件ごとに、外からお仕事を受けるつもりでした」

千尋は、ほかにも取引先があると言った。亮介の会社への出資は考えていない。取締役として経営を担うつもりもない。

亮介は「名前だけでも」と言いかけ、途中でやめた。

「最初から社員を雇うのは難しいから、軌道に乗るまで、2人で何とかと思って」

「手伝うことと、経営を引き受けることは違うので」

千尋は声を荒らげなかった。だから亮介も、冗談にして戻すことができなかった。

設立に必要なものを調べると、「定款」という、会社の基本的なルールを決める書類が出てきた。商号、本店、目的、出資。役員をどうするかも整理する必要がある。言葉は分からなくても、見本を見れば埋められると思っていた。

けれど、千尋の名前を書くかどうかは、見本には答えがなかった。

「じゃあ、2人で始めるとは言えないですね」

自分でも、嫌な言い方だと分かった。

千尋は紙の社名を見てから、亮介を見た。

「私には、もう自分の仕事があるんです」

会社を作る日と、売上が入る日

その日の打ち合わせは、途中で終わった。

帰宅して計算し直すと、足りなくなったのは役員の人数ではなかった。千尋がしばらく報酬を後回しにして働いてくれる、という、紙に書いていなかった期待だった。

妻の亜矢に、設立の費用は貯めてあると言うと、「そのあと毎月、いくら残る計画?」と聞かれた。

設立の日は決めていた。最初の入金の日は、まだ決まっていなかった。

亮介は創業相談へ、社名の案ではなく、最初に売りたい仕事の内容と資金の表を持っていった。個人で始める場合、株式会社にする場合、合同会社にする場合を比べ、設立後の税務や社会保険も含めて確認することにした。

自分の業務を具体的に説明すると、将来やりたい仕事まで一緒に広げず、実際に行う内容ごとに必要な手続きや許認可を確認する課題も見えた。会社の目的に書くことと、その仕事を始められることは同じではない。

千尋には、役員の話をいったん取り下げると連絡した。

返事は短かった。「案件のご相談なら、内容を送ってください」。以前より少し距離のある文面だった。

最初に届いた、見積書

亮介は、ある会社に提案する予定の支援内容をまとめた。どこからどこまでを自分が受け持ち、どの部分を千尋へ頼みたいか。納期と、想定する作業も書いた。

届いた見積額は、亮介がぼんやり考えていたより高かった。

「最初だから、少しだけ」と入力して消した。初めてなのは自分の会社で、千尋の仕事ではない。

頼む範囲を絞り、顧客へ出す金額も見直した。まだ受注できるかは分からない。会社の形を整えても、そこは埋まらなかった。

亮介は、取引先候補の条件や今後の受け方も踏まえ、まず自分が出資・経営する小さな株式会社を設立する方向で準備を進めることにした。定款や登記について相談し、設立後に必要な届出も、担当と時期を一覧にした。

予定していた設立日は、いったん白紙にした。独立をやめたわけではなかった。

数週間後、もう一度千尋と会った。亮介は、前回の紙から千尋の名前を消したものではなく、仕事の依頼内容を渡した。

「この条件なら、受けられそうですか」

千尋は最後のページまで読み、「ここは、もう少し確認したいです」と言った。

亮介はノートを開いた。用意していた会社のロゴ案は、鞄に入れたままだった。

この話、実際なら?|50代の会社設立で、先に整理したいこと

1.定款の見本を埋める前に、会社の形と役割を決める

起業することと、会社を設立することは同じではありません。個人事業も含め、取引条件、出資者、経営する人、費用や事務負担を比べます。一緒に仕事をする相手が、株主・役員・従業員・外部の受託者のどの立場なのかも、本人の意思を確認しましょう。

株式会社の発起設立では、基本事項の決定、定款の作成・公証人の認証、出資の履行、設立登記などを進めます。合同会社も定款と設立登記が必要ですが、定款の公証人認証は不要です。手続きの少なさだけで選ばず、意思決定や経営の仕組みも比較してください。定款は会社の目的・組織・活動の基本ルールであり、事業計画そのものの採算を保証するものではありません。

出典:日本司法書士会連合会「新しく『会社を設立』したい」/日本公証人連合会「定款とは何ですか」

2.設立登記と、営業の許認可を分けて確認する

会社を設立したり、定款の目的に事業を書いたりすれば、どの営業でも始められるわけではありません。業種によって許可・登録・届出等が別に必要です。実際の業務内容、設備・場所、扱う商品、人員等を示し、担当官庁へ事前に確認します。

行政書士は定款作成や許認可申請等を支援しますが、行政書士として行う業務に登記申請の代理は含まれません。設立登記の相談・依頼は司法書士等へ、税務は税理士等へ、社会保険・労働保険は社会保険労務士等へと、担当範囲を確認しましょう。すべての専門家へ必ず依頼するという意味ではなく、自分で行う部分と支援が必要な部分を分けるためです。

出典:日本行政書士会連合会「法人・企業支援」/日本司法書士会連合会「こんなときは司法書士」

3.設立時だけでなく、設立後の支出と手続きも見る

資本金や設立費用を用意できることと、営業を続けられることは別です。売上の入金前に必要な外注費・家賃等、家庭の生活費、税・社会保険の負担を含めた資金繰りを考えます。

法人の事業所は、事業主のみの場合も厚生年金保険の適用事業所となります。実際に被保険者となるかは、報酬や働き方等も関係するため、役員1人なら社会保険の手続きが不要と決めつけず、年金事務所へ確認してください。設立後の税務届出や、人を雇う場合の手続きも別に確認が必要です。

出典:日本年金機構「適用事業所と被保険者」/中小機構 J-Net21「株式会社の設立手続き」(設立後の手続き)

次の一歩|「会社を作る前に決めること」を1枚に

誰に何を売るか、誰が出資・経営・作業をするか、当面の支出を何で賄うかを書き出してみましょう。そのうえで、定款・登記・許認可・設立後の届出を分け、確認先と準備時期を整理します。商工会・商工会議所等の創業相談も、事業計画を整理する入口になります。

有料で仕事を受けるときの条件のすれ違いは、別の物語「一番好きな写真は、納品しなかった。52歳、趣味が副業になった日」でも描いています。こちらは会社設立ではなく、初めて個人で撮影の依頼を受けた人の話です。

※制度情報は2026年10月20日に一次情報を確認しました。設立手続き・許認可・税・社会保険の扱いは、会社形態、事業内容、役員・従業員の状況等で異なります。個別の要件は担当窓口等で確認してください。