仕事・第二の人生

一番好きな写真は、納品しなかった。52歳、趣味が副業になった日

園芸店の入口で、52歳の直人がカメラの写真を30歳くらいの店主・朋子に見せて確認する場面を描いたイメージ

週末に撮っていた写真が、初めて仕事になった。52歳の直人は、会社以外でも自分の腕を認めてもらえたと思いました。ところが、選んだ写真を送ると、依頼者から届いたのは「これだと使えないんです」という返事でした。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・店・取引条件・報酬額は架空で、料金相場を示すものではありません。

STORY|花の向こうに、値札があった

「これが、一番いいと思うんだけど」

直人は、園芸店のカウンターでタブレットを店主の朋子に向けた。手前の花びらに朝の光が差し、奥の棚は柔らかくぼけていた。自分でも、よく撮れたと思った写真だった。

朋子は画面を拡大し、すぐに元へ戻した。

「きれいですね。ただ、どの苗を売っているのか分からなくて」

52歳の直人は、住宅設備の会社で営業をしている。休日の写真が趣味で、川沿いの風景や草花を撮ってきた。近所の園芸店で、いつものように花を撮る許可をもらった日に、朋子から頼まれた。

「店のホームページに載せる写真、お願いできませんか? お金はお払いしますから」

初めての有料の依頼だった。会社の副業の手続きを確認し、必要な許可も受けた。撮影の仕事は1人で受ける。機材は自分のものを使う。その準備は、ちゃんとしたつもりだった。

報酬は1万5000円。撮影後、写真を12点送る。「お店の雰囲気と、苗の棚をお願いします」と言われ、うなずいた。細かく聞くと、自信がないと思われそうだった。

会社では、相手の話を聞いて提案する営業だ。何を望んでいるかくらい分かる。そう思っていた。

土曜の開店前、直人は店を撮った。棚の奥行き、葉に残る水、花びらの影。朋子が「値札も写りますか?」と聞くと、「そこは、うまく外します」と答えた。値札や札の棒が入ると、写真の邪魔になると思った。

朋子は何か言いかけたが、苗を運んできた従業員に呼ばれた。直人も、続きを尋ねなかった。

家に帰ってからは、写真選びと色の調整に時間をかけた。店主が選びやすいように、と決めた12点より多く候補を送った。返事を待つ夜、初めての売上で何を買うかまで考えた。

翌日、朋子から電話が来た。

「送っていただいた写真、苗の名前も値段も見えなくて。入口も、どこから入るのか分からないんです。少し撮り直してもらえませんか?」

直人は「全部ですか」と聞いた。語尾が強くなった。

「使える写真もあります。でも、棚の様子が分かる写真が欲しかったので」

棚は撮った。何枚も。それなのに、と思った。

店へ行くと、朋子はホームページの画面を見せた。写真の下に、扱っている苗や店への入り方を紹介する予定だった。直人が勝手に想像していた、風景写真を大きく飾るページではなかった。

「こういうページだって、先に言ってくれれば」
「見せようとしたら、任せてって言われたので」

言った覚えがあった。写真を見せるより、撮影の話を始めたくて。営業でよく使う言葉を、得意な趣味の前でも使った。

朋子は、最初から全部説明したと思っていたらしい。直人も、分かったつもりだった。どちらの記憶にも、都合よく空いているところがあった。

「次の土曜なら来られます。ただ、何度も撮り直すとなると、この金額では……」

言い終える前に、朋子の表情が変わった。

「こちらも、使えない写真にお金を払うつもりでお願いしたわけではないんです」

直人は、自分の写真を「使えない」と言われるのが嫌だった。でも、誰かが使うために撮った写真を、自分が好きだからという理由で渡そうとしていた。

その場で金額を上げてほしいとは言えなかった。追加の仕事を全部断るとも決められなかった。

2人は、今ある写真から使う3点と、撮り直す9点を選んだ。入口、通路、棚ごとの苗。朋子が置く札を外さず、必要な情報が見える撮り方をする。直人は次の土曜にもう一度撮り、今回は最初の報酬で仕上げると伝えた。

ただ、別の商品を追加で撮るなら、先に費用と日程を相談する。写真は店のホームページで使う。納品日と支払日も確認する。朋子が内容をメールにまとめ、直人が返事をした。言いにくいことが消えたわけではないが、残した条件を見直せるようになった。

次の土曜、直人は入口に立ち、カメラを構えた。通路の向こうに苗の棚が見える。鉢や札も入る。普段なら、もう少し寄って背景をぼかすところだった。

「この範囲で、入る道が分かりますか」

撮った画面を見せると、朋子は「はい、これです」と言った。直人の好きな構図ではなかった。

写真は納品でき、約束した日に報酬が振り込まれた。撮影だけでなく、移動、選別、修正、打ち合わせに使った時間を書き出すと、最初に思っていた半日では済んでいなかった。

次も同じ金額で受けるかは、まだ決められなかった。

日曜、直人はいつもの川沿いで花を撮った。背景をぼかし、花びらの光だけを残した。画面を見て、やっぱりこちらの方が好きだと思った。

園芸店で撮った一番好きな写真は、朋子には納品しなかった。自分のアルバムへ残した。お金にならなかったからといって、消す理由はなかった。

この話、実際なら?|副業の業務委託は、撮る前に条件を残す

直人と朋子のすれ違いは、写真の出来栄えだけの問題ではありません。用途や仕上がり、修正の範囲を確認せず、撮影を始めたことにもありました。知り合いからの仕事でも、親しさと発注条件は分けて確かめましょう。

1.勤務先のルールと、受ける仕事の条件を確認する

厚生労働省の副業・兼業の案内には、ガイドラインや就業規則のモデルが掲載されています。モデルがあることと、自分の会社で同じルールが採用されていることは別です。就業規則や雇用契約を確認し、必要な届出・許可の手続きを行います。本業への支障や秘密情報の扱い、休息も確認してください。

2.発注内容・金額・期日を、口約束のままにしない

公正取引委員会のフリーランス法特設サイトでは、法律の対象となる業務委託について、発注事業者が発注時に直ちに、書面やメール等で取引条件を明示する義務を説明しています。主な事項は、当事者の名称、委託日、仕事の内容、納品・作業の期日と場所、報酬額と支払期日などです。対象は法律上の要件で決まるため、自分の取引に当てはまるかは同サイト等で確認しましょう。

写真なら点数だけでなく、何に使うか、必要な向きや画角、データの形式、使える媒体を確認します。交通費等を含む金額か、修正や撮り直しをどこまで含むかも、作業前に合意して記録へ。条件が変わるときは、新しい作業を始める前に、費用・期限への影響を確認してください。

また、納品する写真については、ホームページやSNSなど、どの媒体で使用できるのか、著作権の扱いも事前に確認しておくと安心です。

3.「使えない」の中身を確認し、揉めたら記録を持って相談する

当初の条件を満たしていない修正なのか、後から増えた注文なのかで、話し合う内容は変わります。今回の直人の判断が、どの仕事でも正解になるわけではありません。修正は常に無料、追加料金は必ず請求できる、とも一律には決められません。

解決が難しいときは、厚生労働省委託・第二東京弁護士会運営の「フリーランス・トラブル110番」で、発注事業者との仕事上のトラブルについて無料で相談できます。依頼時のメール、見積もり、納品物、修正依頼を保存し、分からない点を具体的に伝えましょう。

働き方を広げるときに、相手が求める仕事を確かめる場面は、「前職では課長でした」57歳の面接のSTORYでも描いています。こちらは別の人物による、雇用での仕事探しの話です。

次の一歩|「何を、いつまでに、いくらで」を相手と確認する

依頼されたら、仕事の内容、仕上がり、納品日、報酬と支払日、変更時の扱いを先に確かめる。作業に使う時間も、打ち合わせから数えてみる。自分の好きなことを続けるためにも、有料で引き受ける範囲を曖昧にしないことから始められます。

※公的機関・相談窓口の掲載情報は2026年10月12日に確認。フリーランス法の適用や個別の修正・報酬の扱いは、取引条件と経緯により異なります。