勉強は、続けられた。試験にも、合格した。けれど、その先にあると思っていた仕事は、合格通知と一緒には届きませんでした。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・勤務先・求人は架空です。
STORY|合格した私と、未経験の私は同じ人だった
「これで、お店を辞められるね」
娘からのメッセージに、51歳の日登美は花束のスタンプを返した。日商簿記2級の合格を知らせたのは、自分だった。
日登美は、生花店で週5日働いている。冷たい水で花瓶を洗い、立ったまま包み、夕方には店の奥でふくらはぎを伸ばす。接客が嫌いになったわけではない。ただ、この働き方を何歳まで続けられるのか、気になっていた。
高校で少し習った簿記を、通信講座で学び直した。休日は図書館の学習席へ通った。最初は、借方と貸方を逆に書いた。3級を取り、その後の2級では一度不合格になった。2度目の試験のあと、見直しに使っていたノートを開かずに鞄へ入れられたのが、うれしかった。
講座を申し込む前に、教育訓練給付の対象かどうかは確認した。仕事を続けながら学べるか、費用はいくらか。そこまでは調べた。求人は、ときどき見た。「簿記2級歓迎」の文字だけ、よく覚えていた。
合格後、経理事務の求人を保存して並べると、印象が変わった。
実務経験が必要な募集。勤務日数が少なく、今より月の収入が下がる募集。未経験者も応募できるが、経理だけでなく受注の電話や来客対応も担当する募集。
静かな机で、覚えたことを使って働く。頭の中にあった仕事は、ずいぶん輪郭が薄かった。
「資格があっても、だめなんだ」
口にしてから、まだ1社も応募していないことに気づいた。「歓迎」と「それがあれば採用」を、自分の中で同じにしていた。
娘が電話してきた晩、日登美は求人の話をした。「じゃあ、もう一つ資格を取る?」と言われ、少し心が動いた。勉強なら、何をすれば前へ進むのか分かる。応募して、自分の経歴を読まれるよりも楽な気がした。
「次の講座は、まだ申し込まない」
そう答えたが、電話を切ったあとも講座のページを眺めた。
翌日、求人票を3枚印刷した。資格の欄を隠して、最初に任される仕事、必要な経験、勤務時間へ線を引いた。分からない言葉を調べると、請求書の照合や会計ソフトの入力があった。問題集で答えを合わせることとは、違う確認が必要そうだった。
ハローワークで相談したときも、まず「簿記2級を取りました」と言った。続けて、店で日々の売上を照合し、注文の行き違いを確認してきたことを説明した。経理の実務を経験したとは書けない。それでも、資格以外の欄を空白にすることはなかった。
応募したのは、卸売会社の経理補助だった。週4日、入力や照合から覚える仕事で、研修の進め方も面接で確認した。電話対応もある。合格したからすべてできる、とは言わなかった。
採用の連絡が来たとき、日登美はすぐに返事をしなかった。書面で示された勤務条件を読み、月の収入と支出を並べた。今より収入は減る。翌年に勤務日数が増える約束もない。通える時間帯と、学びながら経験を積めること。その代わりに手放すものが、ようやく見えた。
家族と生活費を確認し、支出を見直した。余裕が十分あるとは言えなかったが、減る収入を「いずれ昇給するから」で埋めずに計算して、入社すると返事をした。
店長に退職の相談をすると、「そんなに辞めたかったんだ」と言われた。日登美は、違うと言い切れなかった。以前、つらい日に「資格を取ったら辞めますから」と、冗談の形で言ったことがあった。
最後の勤務日、店長とは少しよそよそしいままだった。常連客への挨拶を終え、引き継ぎのノートを置いた。きれいな送別の言葉で全部が終わるわけではなかった。
新しい職場の初日、隣の席の人から、請求書の置き場所と確認の順番を教わった。日登美はノートを開いた。試験では使わなかった、社内のフォルダ名を書いた。
昼休み、娘から「もう資格使った?」と届いた。
「今日は、保存する場所を覚えてる」
送信すると、花束のスタンプが返ってきた。日登美は少し笑い、午後のために、ノートの次の行を空けた。
この話、実際なら?|資格を選ぶ前に、仕事と条件を分けて調べる
日登美の学習が無駄だったわけではありません。ただ、資格の取得、希望する仕事への採用、続けられる労働条件は、それぞれ別に確かめる必要がありました。
1.資格の欄だけでなく、実際に任される仕事を見る
厚生労働省job tag「経理事務」では、簿記検定を役立つ関連資格として挙げる一方、中途採用では経験が求められる傾向も説明しています。一般的な職業情報は、個々の求人の採用条件そのものではありません。実務未経験から始められるか、入力・照合・決算等の担当範囲、会計ソフト、教育体制を求人先へ確認します。50代だから一律に採用されないとも、資格があれば採用されるとも言えません。
2.給付の対象講座と、自分の受給条件は両方確認する
教育訓練給付金は、指定講座等の要件に応じて教育訓練経費の一部を支援する制度です。就職や昇給を保証するものではなく、講座の指定だけで本人の支給が決まるわけでもありません。雇用保険の加入状況、講座の指定・開始日、手続と申請期限を、受講前に管轄のハローワークで確認してください。専門実践・特定一般では、訓練前キャリアコンサルティングや受給資格確認などが必要です。
一般教育訓練も、受講前の支給要件照会ができます。受講料だけでなく、試験料、教材、交通費、学習中に減る収入も含めて考え、給付で何が対象になるかを分けて確認します。
3.退職前に、収入と仕事の始め方を具体化する
勤務日数・賃金・契約期間・更新条件・業務内容を書面等で確認し、希望する昇給や勤務増を確約済みの収入として計算しないことが大切です。講座選びに迷う段階でも、求人や職業相談から必要な学習を考える方法があります。経験を応募先の仕事へつなぐ準備は、「前職では課長でした」57歳、面接でいちばん大事な質問を聞き逃したでも扱っています。
次の一歩|講座と一緒に、求人を3件比べる
編集部からの提案です。関心のある仕事を3件選び、「資格」「経験・作業」「生活に関わる条件」を分けて書いてみましょう。その違いを確認してから、学ぶ内容と費用を選ぶと、自分が何のために申し込むのかを考えやすくなります。
※実用情報は2026年10月17日に厚生労働省の上記資料を確認。求人・講座・給付の対象や手続は個別に異なります。物語の採用結果は、資格の効果や転職の成功を保証するものではありません。