親と家族

「車は俺が出すから」父に免許返納を勧めた54歳の息子が、予定表を開いた日

バス停への道で、先を歩く父に息子が追いつこうとする場面

「運転をやめても、車は俺が出すから」。そう言えば、父も安心すると思っていました。でも、父が出かけたい日は、息子の空いている日とは限りません。免許返納の話し合いで、置き去りにしていたのは毎日の暮らしでした。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。

STORY|父の一週間は、土日だけではなかった

「車は俺が出すから。もう返したら?」

54歳の浩介が言うと、79歳の父、忠夫は、食卓のカレンダーを引き寄せた。

「じゃあ、来週の火曜。病院が9時半」
「火曜は仕事だよ」
「金曜の囲碁は?」
「それも平日だろ」

父はカレンダーを元に戻した。怒った様子はなかった。その静かさに、浩介の方が落ち着かなくなった。

父は最近、夜や雨の日の運転を避けるようになっていた。「見えにくくなった気がする」と、自分から話したこともある。浩介は心配していたが、返納の話を出すたびに、父は「考えている」と言うだけだった。

事故になってからでは遅い。そう思っていた。だから今日は、息子として引き受けるつもりで言ったのだ。

「病院の日、変えられないの?」
「先生が来る日が決まってるんだよ」
「囲碁は、しばらく休んでも……」

言い終わる前に、父が顔を上げた。

「お前の休日だけが、私の生活じゃない」

浩介は黙った。父の家まで、自宅から車で40分。仕事の前後に送迎するのは難しい。買い物なら週末にまとめればいいと思っていたが、父が毎週金曜に何をしているかさえ、今日まで知らなかった。

「母さんがいたころから、ずっと行ってる。今は、帰りに仲間と昼を食べるんだ」

浩介は、その外出を「必ずしも必要ではない用事」の方へ分けようとしていた。自分の趣味の予定なら、簡単には削らないくせに。

「タクシーは?」

今度は父が黙った。片道の料金を尋ねられ、浩介は答えられなかった。病院までの距離も、父の年金から毎月いくらなら出せるかも、調べていなかった。

「簡単に、あれがある、これがあるって言うなよ」

父の声が少し強くなった。浩介にも、言い返したい気持ちはあった。心配して来たのに。自分だって忙しいのに。

だが、忙しい自分を、いつでも使える移動手段のように差し出したのは、ほかでもない自分だった。

その日は返納の日を決めず、浩介は帰った。帰り道、自分の予定表を開けるのは家に着いてからにした。来週の土曜は空いている。その日に父と、車を使わず病院まで行ってみることにした。

土曜の朝、浩介は車を父の家に置き、2人でバス停へ歩いた。父は思っていたより速く歩く。浩介が「少し待って」と言うと、「お前の方が運動不足だな」と返された。

バスは病院の前まで行かなかった。降りてから歩く道には坂があった。晴れの日なら歩けても、雨の日はつらいだろう。浩介は停留所に立ったまま、地図を見直した。

「ここまでバスで、帰りだけタクシーならどうだろう」

父は、今度はすぐに否定しなかった。病院の受付時間とバスの時刻を照らし合わせ、金曜に囲碁へ行く道も調べた。必要な予約や料金は、父が問い合わせることになった。

「全部、お前がやらなくてもいい」

その言葉に浩介は少し救われた。少し寂しくもあった。役に立つ息子でいたい気持ちが、父に全部任せてもらいたい気持ちと、どこかでつながっていた。

後日、2人で安全運転の相談窓口へ電話した。父は自分の不安を話し、返納の手続きと、地域の支援の確認先を聞いた。

父が返納すると決めたのは、そのあとだった。浩介が説得を成功させた、という感じではなかった。

初めて車なしで囲碁へ行った金曜、父から短い連絡が来た。

「ちゃんと着いた。帰りは仲間と駅まで歩く」

浩介は「よかった」と返した。続けて「困ったら何でも」と打ちかけ、消した。

「日曜の買い物は、10時に迎えに行く」

父から「11時にしてくれ」と返ってきた。浩介は自分の予定表を確かめ、「了解」と送った。父の予定は、返納しても、息子の都合に合わせて小さくはならなかった。

この話、実際なら?|免許返納と、その後の移動を一緒に考える

1.運転の不安は、本人と家族だけで抱えない

安全への不安があるときは、家族の説得だけで結論を出そうとせず相談先を使いましょう。警察庁の安全運転相談窓口は、運転に不安のある本人や家族の相談を受け付けています。全国統一ダイヤルは#8080。原則として平日の執務時間内の受付で、通話料は利用者負担です。

移動の準備が整わないからといって、不安のある運転を続けてよいという意味ではありません。見え方や体調の変化がある場合は医療機関にも相談し、当面の外出方法を別に確保してください。

2.「いつでも送る」を、実際の予定に置き換える

通院、買い物、趣味、友人との食事を一週間の予定に書き出し、家族が対応できる日時と分けて考えます。バスは停留所までの距離、乗り換え、帰りの便も確認。タクシー等は料金、予約方法、利用できる時間帯を確かめます。

家族の送迎だけに頼らず、公共交通や配達、地域の移動支援を組み合わせられるか、自治体や事業者へ問い合わせましょう。返納者向けの割引や支援は地域・事業者で異なり、全国一律ではありません。趣味の外出も、本人の暮らしを支える予定として扱うことが大切です。

3.本人確認書類と、手続きの窓口を確認する

警察庁の自主返納案内では、返納後に運転経歴証明書の交付を受けられることが示されています。2012年4月1日以降に交付された証明書は、公的な本人確認書類として利用できます。ただし交付には要件があり、返納後5年以上が経過した場合などは交付を受けられません。必要書類・受付場所等は都道府県警察の免許センターで確認してください。

運転以外にも、もの忘れなど気になる変化がある場合は、父が同じ話を繰り返すようになったときのSTORYもあります。年齢だけで状態を決めつけず、具体的な変化と相談先を分けて整理しましょう。

次の一歩|よく行く場所へ、車なしで行く道を調べる

本人が続けたい外出を1つ聞き、往復の経路と費用を調べる。家族の送迎は、できる曜日と時間を具体的に伝える。「返した後も暮らしが続く」準備を、返納の話し合いと一緒に進めましょう。

※制度・窓口情報は2026年10月9日に確認。個別の運転判断・手続き・地域の支援は、警察や医療機関、自治体等へ確認してください。