相続・実家

相続放棄したつもりだった。「何もいらない」と姉に伝えた私に、父の借金の請求が来た

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自宅で父の借入れについて届いた通知を読む55歳の紗也子のイメージ

「私は何もいらない」。姉にそう伝え、父の相続からは離れたつもりでした。ところが、55歳の紗也子の家に届いたのは、父が残した借入れについての通知。姉との会話を読み返しても、「相続放棄」の手続をした記録はどこにもありませんでした。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・出来事は架空です。

STORY|「いらない」と送った、その先

開いた通知には父の名前があり、封筒の宛名には紗也子の名前があった。

父が亡くなって、10週間が過ぎていた。通知には、父名義の借入れに残高があることと、相続人として連絡してほしい旨が書かれていた。

紗也子は姉の知加へ電話した。

「私、相続はしないって言ったよね」

「言ってた。でも、こっちにも同じのが来てる」

電話の向こうで、58歳の姉が紙をめくる音がした。紗也子は、姉が何かを済ませ忘れたのだと思いかけた。

葬儀のあと、姉から、父の預金が17万円ほど残っていると連絡が来た。母はすでに亡くなっている。父の子どもは姉と自分の2人だった。紗也子は、通院に付き添っていた姉に残ったお金を受け取ってほしくて、「私は何もいらない。お姉ちゃんの方で進めて」と返した。

姉は「分け方は、ほかの財産も調べてから話そう。まず口座を調べるね」と返した。それだけだった。

「相続放棄の書類って、私の分も出した?」

「そんな書類、私も出してないよ。銀行には必要なものを聞いたけど」

父の口座は、まだ払い戻されていなかった。具体的な分け方は、まだ決めていなかった。姉は自分の貯金から葬儀代を払い、領収書をまとめていた。

紗也子は、自分が何も受け取っていないことだけを、何もしなくてよい理由にしていた。

先に送ろうとした、1万円

通知を読むと、借入残高は約120万円だった。預金より、ずっと多かった。

紗也子は、ひとまず1万円でも返して、話を聞いてもらおうと考えた。振込先を入力する前に、「父の借金 相続放棄」と検索した。

家庭裁判所への申述。原則3か月。

父が亡くなった日に病院へ駆けつけたことを思い出し、手帳を開いた。もう2か月以上たっている。通知が来た日から3か月あるのだろうか。それとも、あと何日しかないのか。

その晩は送金せず、翌朝、弁護士への相談を予約した。姉にも同じ案内のページを送り、通知を保管しておいてほしいと伝えた。

相談には、届いた通知と封筒、父の死亡日が分かる資料、姉とのメッセージを持参した。預金や父の持ち物を受け取ったり、売ったりしていないことも話した。姉への返事や財産の扱いも含め、相続放棄に影響しないか確認した。

家族へ「いらない」と言っただけでは、家庭裁判所での相続放棄にはならない。弁護士に確認して、紗也子はようやく、まだ自分が手続を選ぶ立場にいると分かった。

通知の請求内容を確認し、財産と借入れを調べる。申述の期限も、これまでの行為が手続に影響しないかも、具体的に確認することになった。相談の予約をしただけで、期限が止まるわけではなかった。

17万円も、受け取らない

紗也子は、期限内に家庭裁判所へ相続放棄の申述をした。姉も自分で相談し、自分の手続を進めた。1人の申述で、もう1人の分まで済むわけではなかった。

それぞれの申述が受理されたあと、必要な証明書を用意し、借入先へ連絡した。借入先からは、提出書類を確認したうえで、紗也子に相続債務としての支払いは求めないとの回答が来た。

ほっとした。けれど、父の預金の17万円も、自分たちが取得できるお金ではなくなった。

葬儀代の領収書を見ながら、姉が言った。

「残った預金を充てられると思ってたんだけどね」

紗也子も、そこまで考えていなかった。弁護士には、次の順位で相続人になる可能性のある親族への連絡や、残された財産の扱いも確認していた。自分たちへの請求が止まれば、父に関するすべてが片づくわけではない。

紗也子は、自分の貯金から葬儀代の半分を姉に渡した。父の預金から返してもらう約束はしなかった。

「いらないって言えば、お姉ちゃんに任せて終われると思ってた」

姉は、金額を書き込んだ紙を一度見てから、「私も、預金だけだと思ってた」と言った。

父の写真を選ぶために、2人で古いアルバムを開いた。若い父が、釣れた魚を前へ突き出していた。

「こんなに大きかったっけ」

姉が、魚の写真を指した。

「父さん、思いきり前に出してるからじゃない?」

紗也子は少し笑って、その写真をスマートフォンで撮った。

この話、実際なら?|相続放棄は「受け取らない」と伝えるだけではない

1.家族への返事と、家庭裁判所への申述を区別する

相続放棄は、亡くなった人の権利や義務を一切受け継がないための手続です。借金だけを放棄して、預金や不動産だけを相続することはできません。家族へ「遺産はいらない」と伝えることや、遺産分割で取得分をゼロにすることとは区別します。

申述先は、亡くなった人の最後の住所地を管轄する家庭裁判所です。申述書や戸籍などの必要資料は、続柄によって異なります。出典:裁判所「相続の放棄の申述」。

2.「3か月」を通知の到着日から数えない

申述は原則として、自分のために相続が始まったことを知った時から3か月以内です。「借金を知ってから、いつでも3か月ある」とは限りません。死亡を知った日、相続人になったと知った経緯、通知が届いた日を分けて記録してください。死亡から3か月以上たった場合も、事情によって判断が異なるため、自己判断で諦めず、速やかに弁護士等へ相談します。

期間内に調査しても判断できない場合には、熟慮期間の伸長を家庭裁判所へ申し立てる方法があります。伸長の申立ても原則として期間内に行う必要があります。参照:裁判所「相続の承認又は放棄の期間の伸長」。

3.財産を動かす前に、これまでしたことも伝える

相続財産の処分などによって、単純承認をしたとみなされ、相続放棄ができなくなる場合があります。預金の引出し・費消、遺品の売却、借金の返済などは、何のお金を使い、何のために行ったのかも含めて相談先へ伝えます。「少額だから大丈夫」「一度払えば話を待ってもらえる」と決めつけないでください。すでに行ったことがあっても、隠さず具体的に確認しましょう。

また、放棄によって次の順位の親族が相続人になる場合があります。財産を現に占有している場合の保存や引渡しも、放棄だけで一律に不要になるわけではありません。親族への連絡と残された財産の扱いまで相談します。法令参照:民法915条・921条・938条~940条。

次の一歩|通知と日付をそろえ、支払う前に確認する

届いた書面と封筒を保管し、死亡を知った日、相続人になったと知った経緯、財産について行ったことを整理します。請求元の確認も含め、相続放棄を考えていると相談先へ最初に伝えましょう。裁判所からの書類には別の対応期限があるため、放置しないでください。

預金を相続する場合の手順は、「親が亡くなったら銀行口座はどうする?相続手続の流れ・必要書類・預金の払戻しを解説」で整理しています。相続放棄を検討中なら、払戻しを進める前にその影響を確認してください。

※制度・資料は2026年10月30日に確認。物語の受理・請求停止は一例で、同じ結果を保証するものではありません。個別の期限や行為の影響は、具体的な事情に基づく確認が必要です。