畑の草刈りに通う休日が、家賃収入に変わる。54歳の智佳には、近所の店からの申し出が助け舟に見えました。けれど「貸せます」と答えるまでに、確かめていなかったことがありました。
※このSTORYはオリジナルフィクションです。人物・土地・交渉・経過は架空で、特定の土地の転用可否を示すものではありません。
STORY|空いている土地だと思っていた
「従業員の車を置く場所を探しているんです。あの畑、貸してもらえませんか」
近所の弁当店の店主に声をかけられ、智佳は店の入口で足を止めた。父から相続した畑は、道を挟んですぐ向こうにある。父が亡くなって3年。名義を自分に変え、農業委員会への相続の届出も済ませたが、何かを育てる気にはなれなかった。
54歳の智佳は、隣の市で働いている。草が伸びるたび、実家へ通った。せっかくの休日が終わると、腰と肩が重い。貸せるなら、もう草を刈りに来なくて済むかもしれない。
「来月から貸せます。使ってもらえるなら、私も助かります」
そう答えると、店主の顔が明るくなった。詳しい賃料はこれからだったが、智佳は帰りの車で、頭の中のカレンダーから草刈りの予定を消した。
夕食のとき、夫に話した。
「整地は誰がするの?」
「借りる人じゃない? 車を置くだけだし、砂利を敷けばいいんでしょう」
夫は「そういう話になってるの?」と聞いた。智佳は返事をせず、店主から届いた希望台数のメッセージを見せた。話が進んでいる証拠のつもりだった。
翌週、畑の端で店主と会った。車の入り口をここに、と指さしたとき、隣の畑で作業していた男性が声をかけた。
「土を盛るなら、水がこっちへ来ないようにしてね」
智佳は少しむっとした。まだ何もしていないのに、どうして注意されるのだろう。自分の土地を、自分で使い方を決めるだけだ。
足元を見ると、畑と畑の間に細い水路があった。父がいたころもあったはずだが、水がどこへ流れるか考えたことはない。店主は水路の先を見て、「ここ、車で渡れるんですかね」と言った。
砂利だけの話ではなくなった。
智佳は地番の分かる資料を探し、農業委員会へ相談した。相続の届出を済ませたことと、駐車場へ変えることは別だった。土地の区域や農地の区分、借りる人がどう使うか、排水や工事の計画。場所を伝えて、必要な確認を一つずつ聞いた。
この畑は、農用地区域に含まれていた。駐車場にするには、区域からの除外を含めて検討が必要になる。希望すれば外せるわけでも、来月に間に合うと約束できるものでもなかった。
手帳には知らない言葉が増えた。最初に書いた「貸す」の2文字だけが、やけに簡単に見えた。
その夜、智佳は店主に電話した。
「来月から、と言いましたが、確認が足りませんでした。今の段階では、使い始める日をお約束できません」
しばらく、向こうで厨房の音がした。
「そうですか。来月、新しい従業員が入るので……。別も探してみます」
「少し待ってもらえれば」と言いかけ、やめた。少しがどれほどなのか、自分にも分からない。店主が困っているのは、土地の将来ではなく、来月の出勤だった。
工事を頼まず、土地も引き渡さないまま、2人は今回の話をいったん見送ることにした。店主は数日後、少し遠い月極駐車場を借りたと知らせてきた。
智佳は「よかったです」と返した。送信してから、その文を読み返した。よかったのは本当だ。それでも、ほかへ決まったことを惜しむ自分がいた。
夫に「畑の方はどうする?」と聞かれた。
「駐車場にしたい気持ちは、まだある。でも、かけられる費用と、できる土地なのかを先に調べる」
畑を守りたい気持ちに変わったわけではない。草刈りから解放されたいのも、家賃を得たいのも、そのままだった。
次の休日、智佳は畑へ行った。紙に土地の形を描き、水路をたどって、道路との高低差も確かめた。車を何台置けるかばかり考えていたときには、見なかった場所だった。
帰りに弁当店へ寄ると、店主はいつもどおり会釈をした。智佳も弁当を2つ頼んだ。もう、土地の話は出なかった。
車の助手席に弁当を置いた。カレンダーを開き、消した草刈りの予定を、来月の土曜日に戻した。
この話、実際なら?|相続した畑を駐車場に貸す前に
智佳が飛ばしていたのは、「使っていない土地」と「別の用途に使える土地」の間の確認です。相続した農地の活用は、家や宅地の賃貸と同じ感覚で進められるとは限りません。
1.所有している畑でも、自由に駐車場にはできない
農林水産省は、駐車場など耕作以外の用途に充てることを農地転用と説明しています。自分の農地でも原則として許可が必要です。建物を建てずに使う計画でも、先に農業委員会へ確認します。
所有者自身の転用は農地法4条、売買・貸借など権利の移転・設定を伴う転用は5条が基本です。市街化区域内では原則として事前の届出となります。誰が借り、誰が転用するのかを伝え、自分の計画に必要な手続きを確認してください。相続時の届出や登記とは別の手続きです。
2.「いつ貸せるか」は、土地と計画を確認してから
農用地区域内の農地は、原則として指定された農業上の用途以外には使えません。農振除外が必要な場合、除外の要件を満たすかを確認し、計画変更の後に農地転用許可を受ける流れになります。除外や許可が必ず認められるわけではありません。
農林水産省の手続資料では、土地の位置・登記事項のほか、道路や用排水施設の配置図、資金計画を裏付ける書類などが挙げられています。砂利代だけで考えず、進入路、排水、周辺農地への影響、必要な工事と費用負担も整理します。期間や必要書類は土地と申請先で異なるため、確認前に利用開始日や着工を決めないようにしましょう。
3.収入の見込みと、貸せない間の管理を分けて考える
造成費を誰が負担するか、何年借りるのか、契約が終わった後どうするか。賃料の話と一緒に具体化します。希望の用途が難しい場合は、農地のまま耕作者へ貸す可能性も農業委員会等に相談できます。借り手が見つかるとは限らず、決まるまでの管理費や手間も残ります。
家や宅地の活用を比較した「相続した実家はどうする?売る・貸す・残すを比較」も、将来の費用と管理を考える参考になります。ただし、農地には別途、農地法等の確認が必要です。
土地の区域と転用の可否は、所在地の農業委員会や市町村の担当部署へ。手続きの整理・書類作成・申請支援を依頼したい場合は、行政書士も相談先です。相模原市周辺では、あきざくら行政書士事務所の農地の売買・貸借・転用サポートも相談先の一つです。同事務所は当メディア運営者の関連事務所です。
次の一歩
地番と所有者が分かる資料に、現在の使い方、希望する用途、借りる人、希望時期を書き添えます。その情報を持って事前相談をし、貸す条件を詰める前に確認することを整理しましょう。
出典・確認した資料
確認日:2026年10月14日。一般的な制度の整理です。個別の土地の区域・許可要否・他法令の手続きは、所在地の関係窓口で確認してください。
農林水産省:農地相続ポータル/農地転用許可制度について/農地転用許可の手続について(PDF)/農業振興地域制度の概要
相模原市:農地転用許可制度の仕組み(4条・5条と権利設定の区分を確認。個別の運用は各所在地で確認)