母のために、実家をすっきりさせる。そのつもりで来たのに、減らしたい物を指さすたび、話が止まる。片づける側の「いらない」と、暮らす側の「まだいる」は、どう折り合いをつければよいのでしょうか。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。
STORY|捨てられないのは、どちらだろう
「その食器、まだ使うの?」
52歳の由香は、食器棚の奥から大皿を引き出した。76歳の母、澄子が一人で暮らす実家には、正月に家族が集まっていたころの皿が、今も重なっている。
「使うわよ」
「去年のお正月も、お弁当を買ったじゃない」
「去年はね」
由香は大皿を床の紙袋へ入れた。母がすぐに取り出した。
月に一度来るたび、台所から廊下へ物がはみ出しているのが気になっていた。今日は半日空け、車で来た。使わない物をまとめれば、母も楽になる。出がけに夫へそう言った自分の声には、少し得意な響きがあった。
「割れたら危ないし、上の棚に手を伸ばすのも大変でしょ」
「だから、あなたが下ろしてくれればいいじゃない」
母は皿を抱えている。由香が欲しかった答えは、それではなかった。
次は、流しの下の保存容器。ふたのない物だけなら文句もないだろうと並べると、母は「漬物を分けるときに使う」と言った。
「何でも使うって言う。じゃあ、いつ片づくの?」
母はしばらく黙り、台所の入り口を見た。
「先に、あなたの箱はどうするの」
廊下の隅に、段ボールが3箱積んであった。結婚して家を出るとき、「あとで取りに来る」と置いていった物だ。由香は存在を知っていた。でも、実家の荷物というひとまとめの風景の中で、自分の責任だけ薄くなっていた。
「それは今日じゃなくても……」
「私の皿は今日なのに?」
返す言葉が見つからなかった。
箱を開けると、高校の卒業アルバム、映画のパンフレット、部活で使った譜面が出てきた。友人の寄せ書きには、由香の昔のあだ名が書かれていた。つい笑ったあとで、母の視線に気づいた。
「使うの?」
さっきの言葉が、そのまま戻ってきた。
由香はアルバムを閉じた。「使わないけど」と言いかけて、やめた。使わない物を残したい理由なら、自分にもある。だからといって、廊下に置き続けていい理由にはならない。
「これは持って帰る」
「3箱とも?」
「いったん、全部」
持ち帰ってからどうするかは、まだ決まっていなかった。家の収納はすでにいっぱいだ。今度は夫に「これ、まだいるの?」と聞かれる気がした。
箱を車へ運び、戻ると、廊下の端まで床が見えた。母はその場所をゆっくり歩き、壁際に置いた踏み台の位置を変えた。
「ここが空くと、洗濯かごを持って通りやすいね」
由香は、台所を丸ごと片づけようとしていた。でも母が毎日困っていたのは、自分が何年も置いたままの箱だったのかもしれない。
「通りにくかったなら、言ってくれれば」
「何度か言ったよ。帰り際に」
そうだったかもしれない。「また今度」と返したことだけは、妙にはっきり思い出せた。
大皿の話に戻ると、母は「捨てない」と言った。由香も、あの枚数は多いと思ったままだった。ただ、もう紙袋には入れなかった。
母が普段使う茶碗を取りやすい段へ移し、大皿は下の棚へ2人で移した。ふたのない容器は、母が自分で2つ選んだ。今日はそれだけを処分することになった。
帰る支度をしていると、母が大皿を1枚出してきた。
「これ、持っていく? あなた、好きだったでしょう」
「今日は箱だけで十分」
母は少し残念そうに、皿を戻した。由香は笑いそうになり、飲み込んだ。残す人にも、持っていってほしい物はあるらしい。
車の後部座席は、来たときより狭くなった。実家を片づけるつもりが、自分の家の片づけを増やして帰る。母には言わなかったが、由香はそれを、少しだけ面白いと思っていた。
この話、実際なら?|実家の片づけは「全部捨てる」から始めない
1.物の持ち主と、今日の目的を分ける
親が暮らしている家では、子の使わない物と、親が残したい物を混ぜて判断しないことが大切です。「何年使っていないか」だけで結論を急がず、持ち主の意向を確かめましょう。
最初の目標を「廊下を通れるようにする」「普段の食器を取りやすくする」など、暮らしの困りごとに絞る方法もあります。片づける範囲、触らない場所、迷う物の置き場所を先に決めれば、その日の成果を捨てた量だけで測らずに済みます。
2.処分方法は、自治体の案内で確認する
残すかどうかが決まっても、すぐに回収業者へ渡す必要はありません。食器、家具、家電では出し方が異なり、地域ごとの分別や収集ルールもあります。実家のある市区町村の案内を確認しましょう。
環境省の注意喚起では、家庭の廃棄物を回収するには市区町村の一般廃棄物処理業の許可や委託が必要とされています。「古物商」「産業廃棄物処理業」の許可があるだけで、家庭ごみの回収を任せてよいわけではありません。中古品としての買い取りと、廃棄物の回収も区別して確認してください。
3.業者へ頼むなら、作業範囲と総額を先に確かめる
国民生活センターは、広告の定額料金と実際の請求が異なる不用品回収トラブルを紹介しています。依頼する場合は自治体で許可業者等を確認し、複数の見積もりを比べ、運ぶ物・作業内容・追加料金の条件を確認してから決めましょう。
「片づけの手伝い」なのか「廃棄物の回収まで含む」のかも、契約前に確かめたい点です。急いで一日で終わらせようとすると、家族の判断も費用の確認も後回しになりがちです。
家そのものをどうするかという段階では、相続した実家を売る・貸す・残す選択肢もあります。今暮らす親の片づけとは分けて考え、先回りして売却や処分を決めないようにしましょう。
次の一歩|まず、自分が置いた物を1つ引き取る
次に実家へ行くときは、「何を捨てよう」より先に「どこを通りやすくしよう」と聞いてみる。自分の荷物が残っているなら、そのうち1つを引き取る。親を説得する前に始められる片づけもあります。
※公的情報は2026年10月9日に確認。処分方法・料金・収集日等は実家のある自治体で確認してください。