台所で自分の昼食を用意する夫と、鞄を持って出かける妻

夫婦・パートナー

夫の定年後、出かける前に昼ごはんを作る私|夫婦の家事分担を見直す

夫が家にいる時間が増えたら、夫婦でゆっくり過ごせる。そう思っていたのに、食事の支度が増え、自分の予定を後回しにしてしまう。定年を機に変わるのは、仕事の時間だけではないのかもしれません。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したフィクションです。

STORY|二人分になった昼ごはん

月曜の十一時半、美智子は洗濯物を干し終えて、玄関で布の鞄を持った。週に一度、地域の会館で開かれる水彩の集まりに行く日だった。

「昼、どうする?」

居間から夫の修一が顔を出した。六十歳。先月、勤めていた会社を定年退職したばかりだ。五十八歳の美智子は、週三日の午前中、近所の店で働いている。月曜は休みで、絵を描く時間を楽しみにしていた。

「冷蔵庫に昨日のおかずがあるよ」

「ご飯は、まだある?」

炊飯器の中を確かめ、皿を出した。修一の分を温めながら、自分の鞄が椅子に置かれているのが見えた。結局、集まりには少し遅れて着いた。

修一に意地悪をされたわけではない。朝は洗濯物を運んでくれたし、「今日は楽しんでおいで」とも言ってくれた。それでも、出かける前に昼食を整える役目は、いつの間にか美智子のところへ戻っていた。

火曜、仕事から帰ると、修一は窓を開けて掃除機をかけていた。美智子は礼を言い、冷蔵庫を開けた。昼食のあとには夕食があり、その前には買い物がある。何を食べるかを考える時間は、掃除が済んでも減らなかった。

「何か手伝うことがあったら言って」

修一の言葉に、美智子は「ありがとう」と答えた。頼みたいことはある。ただ、何を頼むか考え、説明して、終わったか確かめることまで、自分の仕事になる気がした。

一緒にいたい気持ちと、出かけたい気持ち

木曜、二人で昼食の皿を下げていたとき、美智子は思い切って言った。

「私、月曜の昼は、自分の予定を先にしたい」

修一は皿を持ったまま止まった。

「俺がいると、出かけにくい?」

「一緒にいるのが嫌なんじゃない。出かけるたびに、ご飯を用意してからじゃないと、って思ってしまうの」

修一は流しに皿を置いた。会社に行かなくなってから、平日の昼を誰と過ごすか、考えたことがなかったと言った。美智子と食べればいい。それくらいのつもりだったらしい。

「時間ができたから、二人で何かできると思ってた」

「私も、そういう日があるのはうれしい。でも、私には前からある予定もあるよ」

修一は少しうなずいた。美智子は、自分が出かけることを許してもらいたいわけではないのだと、話しながら気づいた。二人の予定として決まっていない時間まで、二人分の支度を引き受けていたのだ。

その晩、台所で昼食の段取りを確かめた。冷蔵庫に何があるか見る。足りなければ買う。用意して食べ、使った皿を洗う。美智子が挙げると、修一は「皿を洗えば終わり、と思ってた」と言った。

まず、月曜の昼はそれぞれで用意することにした。火曜は修一が二人分を担当する。難しい日は買ってきてもいい。美智子が帰宅してから一から作り直すことにはしない。

同じ台所で、違う予定を持つ

翌週の月曜、美智子が出かける支度をしていると、修一は台所でパンを皿にのせていた。

「今日はパンにする。帰りはいつごろ?」

「夕方。夕飯は一緒に食べよう」

美智子は鞄を肩に掛けたまま台所の入口に立ち、修一が自分の昼食を用意する手元を見た。そこには、いつも通りの白い皿とパンがあるだけだった。先週と違って、美智子は鞄を下ろさなかった。

火曜の昼食は、修一が買ってきた惣菜とご飯になった。二人で食べ終えると、修一が皿を洗った。買う量が多かったことは、次に覚えておけばいいと話した。

「来週も同じでいい?」

「うん。水曜は私の仕事が延びるから、夕飯も相談したい」

暮らしの全部を決め直せたわけではない。修一にも、これから外で何をしたいか迷っている時間がある。美智子にも、長く続けたやり方をつい取り戻したくなる瞬間がある。まずは次の週末、昼食の分担がどうだったか話すことにした。

その日の午後、美智子は描きかけの絵に色を重ねた。帰ったら一緒に食べる。そう思いながらも、今は自分の手元だけを見ていられた。

この話、実際なら?|定年後の家事は「作業」と「段取り」を分けて見る

この物語で変わったのは、昼食を作る人だけではありません。何を食べるか決め、食材を確かめる役目まで、分担の話に含めたことです。定年後の暮らし方に一つの正解はありませんが、以前の分担をそのまま続けて負担が増えていないか、確かめることはできます。

1.「手伝って」より、どこまで担当するかを具体的に

食事なら、献立、在庫確認、買い物、調理、片づけまで並べてみます。担当を決めても、毎回もう一人が指示を出す形なら、段取りの負担は残ります。最初は使う道具や片づけ方を共有し、何を自分で判断し、何を相談するかを決めましょう。

内閣府の令和2年版男女共同参画白書も、作業の時間とは別に、在庫把握や献立、家族の予定調整といった家庭のマネジメントを取り上げています。これは過去の調査に基づく資料で、定年後の全夫婦の状態を示すものではありません。自分たちの負担を見つける視点として参考にできます。

参考:内閣府「家族類型から見た『家事・育児・介護』と『仕事』の現状」

2.一緒の時間と、それぞれの時間を先に置く

仕事、趣味、休息など、二人が守りたい予定をそれぞれ出してから、食事や家事を組みます。家にいる時間が増えても、相手の時間が自由に使えるようになるわけではありません。「月曜の昼は各自」「夕食は一緒」のように、毎回確認しなくても動ける約束を小さく作ってみてください。

内閣府男女共同参画局の「○○家作戦会議」は、今と理想の時間の使い方を比べ、家事の分担や負担を互いに確認するためのシートです。子育てに関する項目もありますが、定年後の夫婦でも、自分たちに当てはまる部分を話し合いの材料にできます。役割を性別で固定せず、体力、仕事、慣れている作業と、今の負担を見て話すことが大切です。

参考:内閣府男女共同参画局「夫婦が本音で話せる魔法のシート『○○家作戦会議』」

3.小さく試し、できた量より残った負担を確かめる

最初から家事を半分ずつにそろえる必要はありません。例えば昼食の担当を一つ試し、買い物や後片づけが誰に残ったか、どちらも自分の予定を持てたかを振り返ります。料理の完成度だけを採点せず、買って済ませる日も含めて、続けられる方法を相談しましょう。

定年後も働く予定があるなら、勤務日や帰宅時間も分担の条件になります。仕事の選び方は、関連記事「定年後もこの会社にいる? 55歳、自転車のペダルを回しながら考えた」でも、一週間の暮らしから考えています。

次の一歩|今週の昼食を一つだけ決める

「定年したんだから、やって」ではなく、「私は月曜の予定を続けたい。その日の昼食はそれぞれにしない?」。まずは困っている場面と、守りたい時間を一つずつ伝えてみてください。担当の範囲を決めたら、試したあとに話す日も置きます。相手を変え切ることより、二人の暮らしが回る小さな変更から始められます。

※参考資料は2026年10月8日に確認しました。本文の分担例は編集部からの提案であり、効果を保証するものではありません。

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