仕事・第二の人生

休んだ日に、電話は鳴らなかった。「私しか分からない仕事」を渡した金曜日

休暇前の職場で、引き継ぎ用のファイルを同僚へ渡す51歳の雅彦を描いたイメージ

休めないのは、自分しか分からない仕事があるから。51歳の雅彦は、そう思っていました。ところが、有給休暇を取った金曜日、会社からの電話は一度も鳴りませんでした。

※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・勤務先・出来事は架空です。

STORY|いつでも電話して、と言ったのに

「金曜は休みです。でも、何かあったら電話してください」

雅彦が言うと、隣の席の同僚が「分かりました」と答えた。朝も同じことを伝えたはずだが、念のため、もう一度言った。

51歳。印刷会社で、納品までの進行を担当している。客先との細かな約束や、以前の修正の理由は、雅彦に聞けば早かった。だから休みにくい。誰かが休むときは快く送り出せるのに、自分の予定はいつも後になった。

今回、妻と陶器市へ行くために1日の年休を申し出た。妻は数年前から行きたいと言っていた。平日の方がゆっくり見られるのに、と言われるたび、雅彦は仕事を理由にしていた。

申し出た日は、上司も「引き継いでおいて」と言っただけだった。休めないと口にする前に、話が終わった。

代わりに窓口を担うのは、35歳の同僚だった。雅彦は案件別のファイルを渡し、分からなければ連絡を、と添えた。

「この修正、客先の返事待ちですか。それとも、こっちから確認するんですか」

同僚が聞いた。雅彦は「それは、いつもの担当者に」と答えかけた。いつもの担当者が誰なのか、ファイルには書いていなかった。

「赤い付箋のところは、止まってる案件ですか」

「いや、赤は急ぐ物もあって……」

説明しながら、雅彦は付箋を貼り替えた。急ぐ理由と、返答が必要な時刻を、一つずつ追記した。

木曜の夕方、上司が引き継ぎの確認に来た。「金曜に決める必要があることは、俺に回して。電話の窓口はこっちで持つから」

雅彦はうなずいたが、「自分に聞いた方が早いこともあるので」と言った。

「早くても、休みの日に毎回聞くなら、引き継いだことにならないだろ」

叱られたわけではなかった。それでも、少し面白くなかった。頼られなくてよい、とまでは思っていなかった。

金曜、陶器市の会場へ向かう電車で、雅彦はスマートフォンを取り出した。何も来ていない。駅を出たところで、また見た。

妻が「連絡、来たの?」と聞いた。

「まだ。来ないのも気になるんだよ」

「そう」

妻は、それ以上聞かなかった。どの屋台から見たいか、先に決めて歩き始めた。

雅彦は、途中で会社へ電話しようと思った。困っていないか確認するだけなら、すぐ終わる。けれど、今電話をすれば、返事をする人の手が止まる。

会場で妻が小鉢を手に取った。「これ、どう思う?」

雅彦は、まだ返信欄を見ていた。「いいんじゃない」と言うと、妻は小鉢を戻した。

「何に使うか、聞いてたんだけど」

朝から、会社の人は自分を呼んでいない。隣の妻は、何度か呼んでいた。

雅彦は携帯を鞄へしまった。ただし、電源までは切らなかった。午後も一度、気になって見た。その日の仕事のことを完全に忘れるのは、難しかった。

妻は小鉢ではなく、大きな皿を買った。雅彦が持つと言うと、「これはお願い」と渡してきた。包みが意外に重く、帰り道は両手で持った。

月曜、机には金曜の処理記録が置いてあった。客先への連絡は済み、残った判断事項は上司が確認していた。雅彦が予定していた納品の順番が、1つ変わっていた。

「こっちを先にしたんですね」

同僚は理由を説明した。雅彦なら別の順番にしたかもしれない。でも、約束した期日には間に合っていた。

「何もなくてよかったです」

雅彦が言うと、同僚は「何もなかったわけじゃないですよ」と笑った。ファイルの余白には、確認した相手と返答が書き足されていた。

雅彦は、休めたことより、自分抜きで決めたことに引っかかっていた。知らないままでは困る仕事と、あとで知ればよい仕事が、同じ場所に入っていた。

次の休みをすぐに入れられたわけではない。忙しい週の分担は、まだ相談が必要だった。金曜に同僚が抱えた仕事も、見ないことにはできなかった。

昼前、雅彦は処理記録を共有ファイルへ移した。赤い付箋だけで分かる書き方は、やめた。

妻から、買った皿に料理を盛った写真が届いた。雅彦は「いい皿だね」と打ち、消した。

「今夜、それ何が乗る?」

送ると、「帰ってからのお楽しみ」と返ってきた。今度は、電話で確かめなかった。

この話、実際なら?|有給休暇の権利と、引き継ぎの相談を分ける

雅彦の職場では年休を拒まれていませんでした。休みづらさには、業務が集中していることと、自分が状況を把握していたい気持ちの両方がありました。ただし、誰もが引き継ぎだけで休める職場にいるとは限りません。

1.「引き継ぎが完璧なら休める」という制度ではない

厚生労働省の年次有給休暇の解説では、原則として労働者が指定する時季に与えるとされています。事業の正常な運営を妨げる場合には使用者の時季変更権がありますが、その可否は個別・具体的に判断されます。人手不足という言葉だけで、いつでも取得を拒める制度ではありません。

残日数、申出方法、希望日をまず確認します。取得を認めないと言われた場合は、理由や代替の時期を記録し、人事・労働組合、労働基準監督署などへ相談してください。引き継ぎ資料の完成を、年休の権利が発生する条件のように考えないことも大切です。

2.操作手順だけでなく、判断する人を決める

編集部の提案は、進行状況、期限、保管場所、関係先、判断が必要な場合の相談先を短く共有することです。自分が覚えている例外だけを、後任が推測できるとは限りません。上司に分担を相談し、渡す相手の通常業務も含めて調整します。

教える時間や練習の必要性を考えたい方には、「私が教える側だったのに」48歳、新しいシステムを後輩に聞けなかったで、操作と経験からの判断を分ける別の物語を紹介しています。

3.休暇中の連絡を、本人の善意だけに任せない

「何かあったら電話」だけでは、誰が何を判断するのかが曖昧です。職場の窓口と対応者を事前に決め、休む人への常時連絡を当然としない運用を相談します。休暇中に業務対応を求められた場合は、対応内容と時間を記録し、勤怠や休暇の扱いを勤務先へ確認してください。

厚生労働省の休暇取得促進マニュアルも、休める環境づくりを職場の課題として扱っています。「自分が気にしなければ解決する」と一人の性格に押し込めないようにしましょう。

次の一歩|休む日と、渡す仕事を同じ紙へ

希望する休みの日を一つ決め、前後に進む仕事と、代わりに判断が必要な仕事を書き出して上司へ相談してみましょう。休暇の取得と、その人が不在でも進む仕組みを、同時に考えるきっかけにできます。

※実用部分は2026年10月13日に厚生労働省の一次情報を確認。個別の取得条件・勤怠の扱いは勤務先や公的窓口へ確認してください。