「期限の変更は伝えたのに、部下が忘れていた」。課長のそんな説明で、見積書の提出が遅れた責任を押しつけられようとしていました。54歳の和臣が書き始めたのは、求められた始末書ではなく、実際に起きたことの一覧でした。
※この記事のSTORY部分は、実際に起こり得る状況をもとに構成したオリジナルフィクションです。人物・出来事は架空です。
STORY|「忘れた」で済ませるつもりですか
「年だから忘れたんだろ。こっちまで恥をかかせるなよ」
火曜日の朝、課長の三戸が、机の向こうから言った。周りのキーボードの音が止まった。
54歳の和臣は、機械部品を扱う会社の業務課にいる。取引先へ出す見積書は、金曜日が期限だった。必要なメーカーの回答は木曜日に届く予定で、そのことは先週、三戸へ報告してある。
ところが、取引先から「火曜日の朝にもらえる約束では」と電話が来た。
「金曜日で進めると、ご確認いただきましたよね」
「昨日、前倒しって言っただろ。何でもこっちのせいにするな」
聞いていない、と言いかけた和臣を、三戸が遮った。
「使えないなら、席を空けてくれていいんだけどな。今日中に始末書を出して」
ここ2か月、「その年で」「若い人の邪魔になる」と、人前で言われることが増えていた。言い返した後も、三戸の指示を受けて働く。さらに当たりが強くなるかもしれない。和臣はいつも、目の前の仕事へ戻っていた。
今日は違った。自分が忘れたと書いてしまえば、それが今回の経緯として残る。
先週の返信と、昨日の送信履歴
和臣は会社のパソコンで、先週のメールを開いた。自分が送った「メーカー回答は木曜日、見積提出は金曜日」の下に、三戸の「了解。その予定でお願いします」があった。
次に、担当業務で使っている共有メールボックスを確認した。月曜日の夕方、三戸が取引先へ送った返信が残っていた。
「明朝までに提出いたします」
和臣への宛先追加も、転送もなかった。課長から直接、変更を伝えられた覚えもない。
共有ボックスを見れば気づけたはずだ、と言われるかもしれない。だが、そこにあるのは、和臣が約束を忘れた記録ではなかった。課長が、すでに確認した予定と違う返事をした記録だった。
和臣は始末書のひな型を閉じた。日付、出来事、確認できる資料を、順番に並べた。今朝の発言と、その場にいた人の名前も書いた。以前の暴言は、思い出せる日付と、はっきりしない日付を分けた。
午後、人事の相談窓口へ連絡した。顧客情報を含むメールは私物の端末へ移さず、社内での確認方法と、削除されないように保全する方法を相談した。
「私のミスとして処理する前に、経緯を確認してください。年齢を理由に侮辱する発言も、やめてほしいです」
「そういう意味では」は、通らなかった
翌日から、人事が和臣と三戸に別々に話を聞いた。始末書の提出はいったん止められた。調査中の業務連絡は部長を通すことになり、和臣は、三戸と2人だけで面談しないよう希望した。
人事には、メールの記録に加え、提出期限の変更を誰が担当者へ伝える運用だったかも確認してもらった。
期限を変えた人が担当者へ直接伝え、返事を確認する。それまでの運用もそうだった。三戸は、口頭で伝えたつもりだったと説明したが、いつ、どこで伝えたかを答えられなかった。再度の聴き取りで、取引先に約束した後、和臣へ伝えなかったと認めた。
一方、朝のやり取りを聞いていた同僚は、「年だから」「席を空けて」という発言があったと答えた。過去にも同じような発言を聞いた人がいた。
取引先への見積りは、部長が事情を説明して提出日を調整した。和臣はメーカーの回答を待って作成し、部長の確認を受けて送った。人事への相談と、目の前の仕事は並行して続いた。
3週間後、人事と部長から調査結果の説明を受けた。
三戸が提出期限の変更を担当者へ伝えていなかったこと、報告では和臣の失念としていたことが確認された。繰り返された侮辱的な発言についても、会社はパワーハラスメントがあったと認めた。
和臣に始末書を出す必要はないと伝えられた。三戸には就業規則に基づく懲戒処分が行われ、課長職を解かれることになった。和臣の担当と賃金は変わらなかった。
その後、部長同席の場で、三戸が謝罪した。
「厳しく指導するつもりで、ああいう言い方に。そういう意味ではなかったんです」
和臣は、用意してきたメモを見ずに言った。
「見積書の指導と、年齢の話は別です。それから、忘れたのは私だという説明も、訂正してください」
部長がうなずいた。すでに取引先には会社から経緯を訂正していた。社内でも、今回の見積りの遅れを和臣の失念として扱わないことが、関係者に伝えられた。
空けなかった席で
翌週の打ち合わせでは、部長が見積りの予定を確認した。
「この件は、いつ出せますか」
和臣はメーカーからの回答予定を確かめ、提出日を答えた。期限を変える場合は、担当者の返事を確認し、共有の業務表にも記録する。その手順が、今度は文書で定められた。
会議が終わると、和臣は自分の机へ戻った。人事に出した経緯の一覧は、決められた社内の保存先へ入れてある。
椅子を引き、次の見積書を開いた。
席を空けるように言われたのは、自分だった。しかし、課長の職を解かれ、席を空けなければならなくなったのは三戸の方だった。和臣は自分の席に着き、今日の見積もり依頼を開いた。
この話、実際なら?|ミスの押しつけとパワハラにどう対応するか
物語は、調査で事実が確認され、会社が対応した一例です。記録が1つあれば必ず処分される、同じ結果になる、というものではありません。
1.ミスの確認と、人格を傷つける言動を分ける
職場のパワハラは、優越的な関係を背景とし、業務上必要かつ相当な範囲を超え、就業環境が害されるという3つの要素を満たす言動です。適正な指導とは区別されますが、仕事にミスがあっても、人格否定などが許されるわけではありません。
「年齢に触れたから必ずパワハラ」と自分で結論づけず、実際の発言、頻度、状況、仕事への影響を具体的に伝えましょう。参照:厚生労働省「パワーハラスメントとは」。
2.出来事と資料を、時系列で整理する
日時・場所・相手の発言・同席者・業務への影響をメモし、指示や報告のメールなど、経緯を確認できる資料の所在を整理します。覚えていることと、推測は分けてください。
業務記録を改変したり、関係者の個人情報や機密情報をSNSへ公開したりしないことも大切です。社外へ持ち出す前に、相談先へ適切な提出・保全方法を確認します。記録が十分でなくても、相談を見送る必要はありません。
3.会社へ求める対応も伝える
相談では、事実確認に加え、虚偽の説明の訂正、暴言の停止、連絡方法の変更など、希望する対応を伝えます。厚生労働省のパワハラ防止指針は、事実関係の迅速・正確な確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止などを求めています。措置の内容は事案に応じて判断されます。
また、相談したことや事実確認に協力したことなどを理由とする不利益な取扱いは禁止されています。相談内容を誰と共有するか、今後の連絡方法も確認しましょう。参照:厚生労働省「悩んでいる方」相談Q&A。
4.社内で相談しにくい場合は、外の窓口へ
総合労働相談コーナーは、パワハラやいじめ・嫌がらせなどの労働問題を、電話・面談で無料相談できる窓口です。相談内容に応じた制度や担当部署の案内を受けられます。個別の請求や法的対応を検討する場合は、弁護士等への相談も選択肢です。
次の一歩|「何があったか」と「どうしてほしいか」を書く
最近の出来事を1件、日時と発言が分かる形で書いてみてください。続けて、止めてほしいこと、訂正してほしいことを添えます。その場で相手を言い負かすことや、証拠をすべて集め切ることを、相談の条件にする必要はありません。
退職した場合の書類と実際の経緯の確認については、「退職届は出した。離職票の『自己都合』を、そのままにできなかった理由」でも描いています。こちらは退職後の別の物語です。
※制度・資料は2026年10月27日に確認。パワハラの該当性や対応は個別の状況により異なります。